「散々拒んでいたというのに、身勝手なものでしょう。ロザリーにも、力を貸してもらったというのに、申し訳ありませんわ」

「いえ! 私は……私は、いいのです。ほんの僅かでもマリエッタ様のお力になれたという事実だけで、充分ですから」

 ただ、と。ロザリーが固い声で発したその時だった。

「エストランテ様、失礼いたします」

 ロザリーに声をかけてきたのは、王城の使用人である男性。
 彼は恭しく下げた頭を上げると、

「不躾ながら、お歌を一曲お願いできませんでしょうか」

「あ……と」

 不安げに私を見遣るロザリーと、視線がぶつかる。
 衝撃的な話の途中だったこともあり、私を気遣ってくれているのだろう。
 私は心配ないと微笑んで、

「平気ですわ、ロザリー。また終わってからゆっくりお話しましょ。ロザリーのお歌が聞けるのなら、いくらだって待てますわ」

「……温かなお気遣いに感謝します、マリエッタ様。ご期待に添えるよう、最善を尽くしてまいります」

 恭しく低頭して、男性の案内について行くどこか緊張を帯びた背を、出来るだけにこやかに見送る。

(エストランテも大変なものね)

 確かにエストランテは社交界への参加権を得るのだけれど、こうして歌を求められたなら、よほどの理由がない限り引き受けなければならない。
 それが"歌姫"の、"役割"でもあるから。

 ロザリーに気が付いたご令嬢方がざわめき立つ。
 音楽隊の指揮者はロザリーと軽い言葉を交わすと、演奏者たちに向き直り、両手を振り上げた。

 ロザリーがアベル様に向け、一礼を。
 すうと吸い込んだ呼吸を全身にいきわたらせるようにして、淡い色の唇を開いた。

 会場を包んでいく、ゆったりとした美しい旋律。
 知っている。この曲はたしか、聖歌の中で愛の美しさを讃える歌。

("お相手探し"のこの場に、ぴったりの曲ね)

 愛。愛、かあ。
 幼い頃からずっと、物語に紡がれるような激しく運命的な恋に憧れていた。
 けれども私は貴族の娘。結婚とは心の充実ではなく、一族の繁栄を支える手段のひとつでしかない。

 だから、諦めていた。ううん、諦めようとした。
 幸い、ルキウスのことは恋ではなくとも好いていたし、私は"恵まれて"いるのだと。