眼前で私を見下ろすのは、ティーセットの乗るトレーを手にした、ひとりの侍女。
 紅茶色の髪をすっきりとまとめ上げ、オレンジがかった瞳に呆れを写している。

「ミラーナ……」

 私が確かめるようにしてその名前を呼ぶと、彼女――ミラーナ・コニックは目尻を和らげて、

「お茶の準備が整いましたよ」

 優雅な手つきで机上にカップを並べ始めたミラーナは、私の五つ年上の二十一歳だ。
 はじめて当家に来たのは、彼女が十四歳の時。私は九歳だった。
 それから七年間、ミラーナはずっと、私付きの侍女をしてくれている。

 数少ない私の理解者のひとり。そして同時に、私にとっては姉のような、大切な家族。
 ポットを傾け、温かな紅茶をカップに注ぎながら、ミラーナが「それで?」と優しく問う。

「お嬢様がお心を飛ばしていらっしゃったお相手は、アベル様ですか? それとも、ルキウス様で?」

「な……!? シーっ! だめよミラーナ、誰かに聞かれでもしたら……!」

「ご心配には及びませんよ、お嬢様。当家の使用人は皆、お嬢様のお幸せを一番に願っている者ばかりですから。お嬢様がじっくりとお悩みになれるようにと、このテラスに近づく者はいません」

「え、そ、それはありがたい限りだけれど……。まさか、使用人の皆がアベル様とルキウス様のことを知って……!?」

 この家の人間で、今回の一件を知るのはミラーナだけのはず。
 だって事情を話した時にちゃんと誰にも秘密よって釘をさしたし、ミラーナが私との約束を破るなんて考えられないし……っ!

 と、私の混乱を察してくれたのか、ポットを置いたミラーナは「もう、お嬢様ったら」と小さく噴き出して、

「あんなお顔で白薔薇を抱えて戻ってきては、誰もが気付きますよ。おまけに突然ルキウス様のもとへ飛んで行かれたと思ったら、今度はルキウス様のご訪問が増えましたし。私が話さずとも、当家の使用人であれば大方の予想がつきます」

「へ!?」

 そうなの!?
 私ってそんなに分かりやすいの……!?

(あ、あんな顔って、どんな顔してたの私ったら……!)

 思わず両手をあてた頬があつい。