教会を出る直前。
思い出したようにして足を止めた私に、「どうかした?」とルキウスも立ち止まる。
「私の歌、覚えていらっしゃいますか?」
ルキウスの前で歌っていたのは、もう随分と前のこと。
それでも彼は即座に「もちろん」と頷いた。やっぱり、と胸中で苦笑した私は、彼を見つめて訊ねる。
「私の歌は、美しいでしょうか」
問うた私に、ルキウスは驚いたように目を丸めたけれど。
すぐに慎重な、私の真意を探るような顔になった。
それから「そうだねえ」と過去を想いおこすように瞼を閉じ、
「マリエッタの歌は、歌うことが大好きだって想いが詰まっていたよ。ステイシーのようにね。たとえ音が異なっていようとも、キミの楽し気な歌声が僕は大好きだった。それが次第に、正しさを求めるようになってしまって……。けれどロザリー嬢と歌うようになってから、吹っ切れたみたいだったから。すごく、嬉しかったのを覚えている」
だからね、と。
目を開けたルキウスは、私をまっすぐに見て、
「美しいかと訊かれたら、残念だけれど、賛同は出来ないかな。僕の思う美しい歌と、マリエッタの歌はちょっと、違うから。けれどキミの歌は、キミの感情に素直だ。僕にとってマリエッタの歌は、歌を愛するキミの心がこもった、愛おしい歌だよ」
(ああ、やっぱり)
「不服だったかな?」
「いいえ。満足ですわ」
(本当に、私をよく見てくれているのね)
私はちらりと目だけで振り返り、聖壇を見遣る。
重なるのはあの、満月の晩。
私の歌を"美しい"と称してくれた、誰よりも愛おしい……はず、だった人。
けれど私は気づいてしまった。ううん、本当は、誰よりも知っていた。
(私の歌は、ちっとも美しくなんてない)
アベル様が見ているのは。私があの方に、求めているのは。
互いの本質などではない、ある種の"理想"を重ねた、幻影なのだと。
「行きましょう、ルキウス様。どこに連れていってくださいますの?」
「マリエッタの望むところなら、どこへでも。僕としてはひとまずカフェがいいかなと思うのだけれど、どうかな? 随分とキミの足を酷使してしまったから」
思い出したようにして足を止めた私に、「どうかした?」とルキウスも立ち止まる。
「私の歌、覚えていらっしゃいますか?」
ルキウスの前で歌っていたのは、もう随分と前のこと。
それでも彼は即座に「もちろん」と頷いた。やっぱり、と胸中で苦笑した私は、彼を見つめて訊ねる。
「私の歌は、美しいでしょうか」
問うた私に、ルキウスは驚いたように目を丸めたけれど。
すぐに慎重な、私の真意を探るような顔になった。
それから「そうだねえ」と過去を想いおこすように瞼を閉じ、
「マリエッタの歌は、歌うことが大好きだって想いが詰まっていたよ。ステイシーのようにね。たとえ音が異なっていようとも、キミの楽し気な歌声が僕は大好きだった。それが次第に、正しさを求めるようになってしまって……。けれどロザリー嬢と歌うようになってから、吹っ切れたみたいだったから。すごく、嬉しかったのを覚えている」
だからね、と。
目を開けたルキウスは、私をまっすぐに見て、
「美しいかと訊かれたら、残念だけれど、賛同は出来ないかな。僕の思う美しい歌と、マリエッタの歌はちょっと、違うから。けれどキミの歌は、キミの感情に素直だ。僕にとってマリエッタの歌は、歌を愛するキミの心がこもった、愛おしい歌だよ」
(ああ、やっぱり)
「不服だったかな?」
「いいえ。満足ですわ」
(本当に、私をよく見てくれているのね)
私はちらりと目だけで振り返り、聖壇を見遣る。
重なるのはあの、満月の晩。
私の歌を"美しい"と称してくれた、誰よりも愛おしい……はず、だった人。
けれど私は気づいてしまった。ううん、本当は、誰よりも知っていた。
(私の歌は、ちっとも美しくなんてない)
アベル様が見ているのは。私があの方に、求めているのは。
互いの本質などではない、ある種の"理想"を重ねた、幻影なのだと。
「行きましょう、ルキウス様。どこに連れていってくださいますの?」
「マリエッタの望むところなら、どこへでも。僕としてはひとまずカフェがいいかなと思うのだけれど、どうかな? 随分とキミの足を酷使してしまったから」