クラスでも気負わずに話しかけられるのは、日葵と笹川優太くらい。
ふたりは幼なじみで、『パラドックスな恋』とは違い、小さいころの記憶もちゃんと覚えている間柄。
でも、最近は優太とあまりしゃべらなくなったな……。
席を立った日葵がほかの女子に話しかけに行った。
「そっか……」
黒板に書かれた日付を見て改めて気づいた。
今日、九月一日は二学期の初日。
『パラドックスな恋』の第一章のはじまりも二学期がはじまる日。
しかも、主人公と同じで、私も窓側の席だ。
□□□□□□□
二学期がはじまると同時に、夏のにおいはどこかへ消えてしまったみたい。
朝というのにすでに暑く、登校中はセミの鳴き声もまだ聞こえている。それでも、体にまとわいついていた夏が体からはがれてしまった感じがした。"
□□□□□□□
くり返し読んでいるから、本文の一行目は頭に入っている。
夏のにおいってどんなにおいなんだろう。
これまで小説の世界に没入することはあっても、現実に試したことはなかった。
窓を開けると朝というのに熱い風がぶわっと髪を乱したので、慌てて閉めた。
夏のにおいについてはわからないけれど、この町にまだ夏が残っていることだけは理解できた。
やっぱり小説みたいにはいかないよね。
私もあの主人公みたいになれたらいいのにな。
「柏木さん、おはよう」
うしろの席の木村さんが声をかけてきた。
二年生になって同じクラスになった彼女は、隣の町から通っているそうだ。
木村さんをはじめ、ほとんどのクラスメイトは私のことを苗字で呼ぶ。
木村さんとは委員会が同じだけどあまり話をしたことがない。
「おはよう」
顔を少しうしろに向け、だけど目を合わすことができずボソボソと挨拶を返すのが精いっぱい。
「柏木さん、髪伸ばしてるの?」
「あ、うん……」
風で乱れた髪を戻して答える。
せっかく話しかけてくれたのに素っ気な過ぎると、頭をフル回転させた。
『小説の主人公みたいになりたくて肩まで伸ばしてるの』
これじゃあヘンだろう。
悩んでいる間に、木村さんは席を立ったみたい。
うしろのほうでほかのクラスメイトと話をする声が耳に届いた。
ホッとしたようなさみしい気もするような……。
離れてしまえば、木村さんの姿もちゃんと見ることができる。
夏休み前は長かった髪が短くなっている。
ああ、ちゃんと顔を見れば『髪、切ったの?』くらいは言えたかもしれない。
……ううん、たぶんムリだろう。
誰かに話しかけられるたびに体が固まってしまう。
あいまいな返事しか返せずに、視線も合わせられない。
日葵と優太以外のクラスメイトとも打ち解けたいのに、いざ話をしようとするとまるでダメ。
きっと暗い子だって思われてるよね……。
スマホの画面をスクロールし、小説を第一章の冒頭部分に戻す。
小説のなかの悠花は、いつだってキラキラしていてクラスの人気者。
一方、私はなるべく目立たないように時間をやり過ごしている。
あまりにも違いすぎる。
この日、主人公は幼なじみの茉莉と話をしている。
熊谷直哉というクラスメイトといい感じになっている茉莉、そして転入生として山本大雅がやってくる。
「大雅……」
これまで何度その名前を口にしてきたのだろう。
大雅のような人が現れたら、って思うだけで、心のなかにある重い空気がふっと消える気がする。
小説のなかの大雅はイケメンなのにかわいらしくて、主人公のことを誰よりも想ってくれていて……。
実際にそんな人、いないことくらいわかっている。
それでも、学校でも家でも居場所がない私には、想像することくらいしか楽しみがないから。
『パラドックスな恋』の作者はITSUKIと記してある。
男性なのか女性なのかはわからないけれど、この物語を書いてくれたことに感謝している私だ。
小説投稿サイトにはたくさんの作品が掲載されているけれど、ITSUKIさんが書いた作品は『パラドックスな恋』だけ。
作品への感想もレビューも、書籍化希望リクエストも私はしたことがないけれど、ほかの作品も読んでみたいな。
勇気を出して、せめて感想だけでも送ってみようかな。
ふたりは幼なじみで、『パラドックスな恋』とは違い、小さいころの記憶もちゃんと覚えている間柄。
でも、最近は優太とあまりしゃべらなくなったな……。
席を立った日葵がほかの女子に話しかけに行った。
「そっか……」
黒板に書かれた日付を見て改めて気づいた。
今日、九月一日は二学期の初日。
『パラドックスな恋』の第一章のはじまりも二学期がはじまる日。
しかも、主人公と同じで、私も窓側の席だ。
□□□□□□□
二学期がはじまると同時に、夏のにおいはどこかへ消えてしまったみたい。
朝というのにすでに暑く、登校中はセミの鳴き声もまだ聞こえている。それでも、体にまとわいついていた夏が体からはがれてしまった感じがした。"
□□□□□□□
くり返し読んでいるから、本文の一行目は頭に入っている。
夏のにおいってどんなにおいなんだろう。
これまで小説の世界に没入することはあっても、現実に試したことはなかった。
窓を開けると朝というのに熱い風がぶわっと髪を乱したので、慌てて閉めた。
夏のにおいについてはわからないけれど、この町にまだ夏が残っていることだけは理解できた。
やっぱり小説みたいにはいかないよね。
私もあの主人公みたいになれたらいいのにな。
「柏木さん、おはよう」
うしろの席の木村さんが声をかけてきた。
二年生になって同じクラスになった彼女は、隣の町から通っているそうだ。
木村さんをはじめ、ほとんどのクラスメイトは私のことを苗字で呼ぶ。
木村さんとは委員会が同じだけどあまり話をしたことがない。
「おはよう」
顔を少しうしろに向け、だけど目を合わすことができずボソボソと挨拶を返すのが精いっぱい。
「柏木さん、髪伸ばしてるの?」
「あ、うん……」
風で乱れた髪を戻して答える。
せっかく話しかけてくれたのに素っ気な過ぎると、頭をフル回転させた。
『小説の主人公みたいになりたくて肩まで伸ばしてるの』
これじゃあヘンだろう。
悩んでいる間に、木村さんは席を立ったみたい。
うしろのほうでほかのクラスメイトと話をする声が耳に届いた。
ホッとしたようなさみしい気もするような……。
離れてしまえば、木村さんの姿もちゃんと見ることができる。
夏休み前は長かった髪が短くなっている。
ああ、ちゃんと顔を見れば『髪、切ったの?』くらいは言えたかもしれない。
……ううん、たぶんムリだろう。
誰かに話しかけられるたびに体が固まってしまう。
あいまいな返事しか返せずに、視線も合わせられない。
日葵と優太以外のクラスメイトとも打ち解けたいのに、いざ話をしようとするとまるでダメ。
きっと暗い子だって思われてるよね……。
スマホの画面をスクロールし、小説を第一章の冒頭部分に戻す。
小説のなかの悠花は、いつだってキラキラしていてクラスの人気者。
一方、私はなるべく目立たないように時間をやり過ごしている。
あまりにも違いすぎる。
この日、主人公は幼なじみの茉莉と話をしている。
熊谷直哉というクラスメイトといい感じになっている茉莉、そして転入生として山本大雅がやってくる。
「大雅……」
これまで何度その名前を口にしてきたのだろう。
大雅のような人が現れたら、って思うだけで、心のなかにある重い空気がふっと消える気がする。
小説のなかの大雅はイケメンなのにかわいらしくて、主人公のことを誰よりも想ってくれていて……。
実際にそんな人、いないことくらいわかっている。
それでも、学校でも家でも居場所がない私には、想像することくらいしか楽しみがないから。
『パラドックスな恋』の作者はITSUKIと記してある。
男性なのか女性なのかはわからないけれど、この物語を書いてくれたことに感謝している私だ。
小説投稿サイトにはたくさんの作品が掲載されているけれど、ITSUKIさんが書いた作品は『パラドックスな恋』だけ。
作品への感想もレビューも、書籍化希望リクエストも私はしたことがないけれど、ほかの作品も読んでみたいな。
勇気を出して、せめて感想だけでも送ってみようかな。