「私の可愛い子のためにも、どうぞ『血』をくださいまし」

 その開いた口から見えたのは、やけに伸びた白い犬歯だった。

 直後、着物の袖から伸びた手が振るわれた。ハッと我に返って飛び退いた雪弥は、風を切るいい音の発生源に目を向けて、小さな少女の手の爪が黄色く伸びているのに気付いた。

「…………宮橋さん、確か母鬼、とかなんとか言ってたっけ……?」

 つまり鬼? いや、でもこの子は人間で……理解が追い付かなくて口許が引き攣りそうになる。

 すると、ぼんやりとこちらの様子を目に留めていた彼女が、不意に着物を揺らして急発進した。まるで操り人形みたいに猛スピードで飛び込んでくる。

 そのまま顔面を爪で突き刺されそうになって、咄嗟に頭の位置をそらして避けた。その攻撃音と風が頬の横を撫でた瞬間、雪弥は黒いコンタクトを蒼くゆらりと光らせて殺気立った。

 人間の『匂い』、異形の『匂い』――。

 攻撃を受けた、敵だ、カチリと何かが切り替わる音を頭の中で聞いた気がした。