「それ、副当主のこと?」
「左様。番犬候補、すなわち副当主候補である」

 関係もない者からの指摘に、胸がざわついて猛烈に嫌な気持ちになった。

 先日の高等学校への潜入捜査の一件から、よく耳にしている言葉だ。昨日、兄の蒼慶から、当主を支えて守った副当主を『番犬』と呼んでいたようでもあるとは聞いていた。

「僕は、副当主になるつもりはない」

 そう口にしたら、居心地の悪さが急速に増した。兄の、そして家族のそばにいられないと感じた昨夜の事が蘇って、雪弥はざわりと殺気立って瞳孔を開かせた。

 黒いコンタクトの下で、淡いブルーの光が揺れる。

 すると相手の大男が、同じく赤みかかった獣の目を鈍く光らせた。殺気もまとわないまま、ただただようやく納得したように野太い声で「まっことであるらしい」と頷く。

「そのような嘘を付かずともよいぞ、お前こそが『番犬』の役職につく者なのだろう」
「この件に関しては、わざわざ嘘を吐くほどの理由もないんだけど?」