「【異なるモノ】の匂いがする」

 すん、と何者かが匂いを嗅ぐような音がした。すると、続いてこう言う宮橋の声が聞こえてきた。

「ついでに聞いておこうと思ってね――君らは、そこにいる『彼』を知っているかい?」
「かなり昔、面差しがよく似た男なら見かけた」
「僕が訊きたいのは『そっち』じゃないよ」

 宮橋がぴしゃりと言う。

 やりとりしていた声が止まった。ややあってから、野太い声が「我からの骨の礼、か」と算段し終えたように言って、こう続けた。

「ならば答えよう、『匂いは知っておる』とも。けれど、元々のソレがなんであるのかは知らぬ――我ら【見えないモノの領域】のモノでないからだ」
「そうか」
「ついでの礼だ」

 すっ、と闇の中で、長い爪をした指先が向こうを示す。

「続けざまの異者の訪問とは珍しい。地に足を踏み入れた、警戒せよ」


 プツリ、と何かが遮断されるような聴覚への違和感。


 直後、風景は元に戻っていた。

 五感が温度と音を拾う。闇は、瞼の裏にでも消えてしまったのだろうか、という奇妙な感覚があった。雪弥はさわさわと草葉を揺らす山道を、ぼんやりと眺めながらゆっくりと瞬きをした。