「雪弥君、それ以上身を乗り出すと『コンタクトが外れる』よ」

 不意に、投げ掛けられた言葉に「え」と声がもれた。

 思わず振り返ったら、前方を見据えている宮橋が口許に笑みを浮かべたまま「用意はいいかい」と言ってきた。その目は、初めて試すようでワクワクしている感じがある。

「僕がこれから右に車線変更する。そうするとヤツが飛び込んでくるのが『視え』たから、つまりハンドルを切って二秒半後、君は方位八時の方角を『思いっきり斬れ』」
「はぁ、なるほど……?」

 まぁ斬れというのなら、と雪弥は右手を構えてバキリと指を鳴らして爪を伸ばした。黒いコンタクトの下で、瞳孔が開いた目が淡くブルーの光りを帯びる。

「僕はいつでもいいですよ、宮橋さん」

 窓の方を見て、雪弥はそう答えた。

 その途端、宮橋が「よしきた」とハンドルを切って車線変更した。ぐんっと車体が揺れる中、雪弥は一、二……と秒数を数えながら窓から身を乗り出す。

 何も見えない。

 でも、――不意に強い不快感がゾワリと込み上げた。

 雪弥の獰猛な獣の目が、空気の一点をロックオンする。ただただ猛烈に殺したくなって、一気に思考が赤く染まる。自分の領域(テリトリー)を侵略されているような不快感だ。

 ぴったり二秒半。

 気付いたらそこ目掛けて、雪弥は自分の爪を振るっていた。