「ああ、血ですか。すみません、今は我慢していてください」
「違うぞこのバカ犬め、僕が言っているのは――」

 何やら宮橋が言っていたが、いつ爆発に巻き込まれるか分からない。時間もない事を考えていた雪弥は、そのまま彼の膝の裏に「失礼します」と手を差し入れると、そのまま両手に抱えて「よいしょ」と言って飛んだ。

 移動されている間、宮橋は高所と高ジャンプに耐えるみたいに、口を引き結んだ無の境地の顔だった。

 やがて、フェンスの外の安全な場所に降り立った。

 ――直後、雪弥の頭に「こんのバカ犬が!」と宮橋の拳骨が落ちた。

「だから、お姫様抱っこするなと言っただろうが!」

 助けたのに、本気で怒られてしまった。

 スーツを血で汚してしまったのは申し訳ないが、だって担いだらかなり揺れるのにと、雪弥はよく分からなくて首を捻る。

「はぁ、すみません……あの、いちおう怪我人なので、労わってくれると助かるんですが」

 このまま人目に付いてもまずい。ひとまず説得して宮橋に一旦落ち着いてもらい、雪弥は彼とその場を後にした。


 ――のだが、その後。

 夜狐とその部隊に合流し、一旦汚れを落として代えのスーツにお互い着替えた。雪弥は怪我の治療もしてもらったのだが、終わって出てみると、何故かそこには真っ黒いオーラを背負った宮橋が待っていた。

「雪弥君。僕はね、ヤルと言ったら、ヤるよ」

 ……何を?

 雪弥は、すぐに思い付くものがなかった。疑問符いっぱいの顔で見つめ返していると、宮橋が寒々とした作り笑いで、差し出してきた手の指の関節をパキリと鳴らした。

「仕返しに、君をお姫様抱っこして町を歩いてやろう」

 そういえばと、以前そんな事を言われたのを思い出した。

 宮橋に本気(マジ)で〝お姫様抱っこ〟で町を闊歩されそうになった雪弥は、怪我人だというのに、全力疾走で逃げ切ったのだった。