「取り壊せなかったんだろう。よくある話だ」

 さらっと言うに留めた宮橋が、人の気配がない家を眺めながら車のドアを閉める。

「ちょうどいい。そうでなければ、出現した彼女に血を奪わる可能性が高い」

 と、動き出してすぐ、宮橋が立ち止まる。

「どうかしたんですか?」

 気付いて雪弥は尋ねた。

 すると家を眺めている宮橋が、その形のいい目を少し細めた。

「ああ、実に嫌なタイミングだ。何もかも計算されているようで、虫唾が走る」

 生ぬるい風が、一つ吹き抜けた。それは雪弥のブラックスーツと髪。そして日差しに晒されると、同じく透き通るような色合いを見せる宮橋の栗色の髪と、明るい上質なスーツの裾をはためかせていった。

 その風が通り抜けたのち、宮橋が再び言葉を発した。

「彼女が、出た。いや気配が薄いから気付かなかっただけで、もうすでに出ていたのか」

 独り言のように続けた彼の目が、思案げに落ちる。やっぱり長い睫毛の下にある目は、ガラス玉みたいで――。

「行こう、雪弥君。彼女を迎えに」
「はい」

 歩き出した宮橋の背を、雪弥は追った。