『お前は俺の弟だ。誰がなんと言おうと、お前は俺の弟で、俺はお前の兄なんだ。堂々としてろ、わからずやの阿呆の言う事なんて無視しとけばいい』

 まだ小学生なのに言い方には既に問題があった。幼い雪弥は呆気に取られた。そんなひどい言葉を使っているのを見られたら、怒られちゃうよ、と言いながら、でも強制されたわけでもないのに自らその手を取って――。

 あの時、連れ出された建物の外は、眩しいくらいに明るかったのを覚えている。引っ張ってくれてそばにいる兄、こっちよと呼んできた家族も温かさに満ちていて……。

 ここにいられるのなら、どんなに幸せだろう、と一瞬思ってしまった。

 近くで、声をかわせる距離で、自由会いいに行けて見守り支え続けられたのなら――。

 そんな未来を想像して、叶わないのにと切なくなった幼い頃の情景。そんな事があったんだった、と雪弥は今更のように思い出して口角を自嘲気味に引き上げた。

 やっぱり自分の事については話せそうにない。すっかり黙り込んでしまっていたのに気付いて、雪弥は始まったばかりの独り言を、早々に締めてしまう事にした。

「里帰りをして、思ったんです。……やっぱり僕は、兄さんのそばにいちゃいけないんだな、って」

 それだけです、と雪弥は缶に目を向けたままそう言った。

 宮橋は、その様子をじっと見つめて「――ふうん」と呟き声を上げた。それから二人の夜は、彼が「寝る。君も寝ろ」と立ち上がったのを合図に終わった。