だから、しばらくは言葉も浮かんでこなかった。もやもやとした思いをじっくりと考えながら。室内で静かに回り続けている冷房音を耳にしていた。

「僕は、先日、里帰りをして」

 やがて雪弥は、ぽつり、ぽつりと思い返しながら言葉を紡いだ。

「母が生きていた頃、少し足を運んでいた父さん達の家でした。だから、懐かしさがあったのは本当で」

 でも、そこに自分の居場所はなかった。いるべきではないと幼少時代に悟り、そうして自ら距離を置いた。

 どうしてか、あの頃に見たいくつかの風景が頭に浮かんだ。

 あまりよく思い出せなくなっていたのに、ワンシーンみたいに脳裏を過ぎっていく。

 沢山花が咲き誇っていた裏の庭園。幼い妹が花冠を作っていた事。二人の母が笑って妹に折り紙を教えていて、そこに父が輪に加わったのを見た。

 さぁ行きましょう坊ちゃま、と執事が手を引いた光景。

 片隅で座り込んでいたら、隠れていた戸が開いて、そこから光と共に幼い兄――蒼慶が仏頂面を覗かせて「行くぞ」と手を差し出した光景。