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「これおとーさんの本?」

読んでいた本を覗き込んできた娘に世依は笑う。

「そうよ、貴女にはまだ難しい本だけどね」

ふぅん、と言うと娘は寝室を見ている。
そこに寝ているのは遅くまで仕事をしていた夫で、娘は昨日隆智に買って貰ったランドセルを朝起きてから背負ったまま。
ずっとそれを夫に見せたくて仕方が無いようだ。

世依は本を閉じて、

「じゃ、お父さん起こしておいで」

と言うと、娘の顔は満面に笑みで寝室に走って行った。
娘が寝ているところに飛び込んだんだのだろう、悲鳴のような声が聞こえて世依は笑う。

「酷いですよ、世依さん」

娘を抱きかかえたまま、髪の毛がボサボサの宏弥が眠そうに寝室から出てきた。
娘は嬉しそうに宏弥の首に捕まっている。
ランドセルも背負っているので抱っこをするのは大変そうだ。

お互い笑いながら近づき、唇に挨拶の軽いキスをする。

「私もー!」

「おはようございます、お姫様」

娘のおねだりに宏弥が頬にキスをすれば、娘はきゃー!と大喜びして暴れるので気をつけて下ろす。娘の父親大好きはかなりのものだ。

「私には?」

拗ねたように世依が言うと、宏弥はわざとらしく世依の本を持っていない方の手を取ってその甲にキスをした。

「本家のお姫様にはこちらかなと」

もう!と恥ずかしがって怒る姿は学生の頃と変わらない。

「おかーさんもお姫様なの?」

下から二人の会話に混ざろうと娘が背伸びしながら言うので、二人して顔を合わせて笑ってしまった。

「朝食ですよ。準備手伝ってね」

世依は持っていた本を閉じずにリビングのテーブルへ置いた。

本の題名は『闇夜姫に恋を囁く』。

窓から入ってきた風が本のページをめくっていく。
止まったページにはこう書いてある。

『美しき宵の明星は僅かな時間に空を見なければ気づくことは無い。
誰にも久しく見えるはずの金星を多くの人が見ようとしないからこそ、宵の明星はより美しいのだろうか。
私は運良くもその金星に出逢うことが出来た。
最後に。
多くの人々にもその影にある美しきものを見つけ、そして知って頂ける事を願っている
朝日奈 宏弥』

                           END