「嫌だ!嫌に決まってる!
もうこんなのしたくない!
なんでこんなに苦しい思いしてるの?!
私は何か悪いことをしたの?!
恋することも出来ない、好きな人も作れない!
ただ普通でいたい!なんで私だけ駄目なの?!」

堰を切ったように世依は叫んだ。
宏弥の腕を強く握りしめながら、世依の目からは止めどなく涙が流れている。

「わかってる、私しかやれないって。
私が拒否すれば皆が困るのもわかってる!
だけどもう嫌だ、怖い思いするのも嫌!
一番はこんな我が侭を言う私が嫌!」

宏弥の腕に顔を乗せ、世依は最後自分を責めた。

わかっているのだ、どうしようもないことは。
それを周囲が申し訳なく思っていることも。
出来るだけ自分を自由にしたいと願って行動してくれているのもわかっている。
なのに私は。

「では逃げましょうか」

世依は上から聞こえた言葉に一瞬耳を疑う。

「僕と一緒に逃げましょう。
世依さんの感情は何一つ間違っていない。
間違っているのは未だ闇夜姫にすがるこの世界です」

世依は聞き違いでは無かったと驚いて顔を上げる。
そこには優しい表情の宏弥が世依を見つめていた。

「以前無職にされたら困ると言いましたが、そうですねそれなりに節約しながらなら当分二人で生活できますよ。
その間に僕は仕事を探しますし」

「な、何を」

「僕と一緒は嫌ですか?」

優しい宏弥の笑みに、世依の顔は赤くなる。
世依は急な展開について行けず涙が流れたまま困惑していた。

「いや、でもみんなが」

「そんなのは放っておけば良いんです」

戸惑う世依の言葉に宏弥は強い声で言い切った。

「そもそもあなた方の存在は一部にしか知られていない。
だから災害でもなんでも起きれば、皆そうなのだとしか思わないんです。
言ってみればあなた方に幸福を分けて貰っていただけ。
そんな貴女に感謝することはあっても批難される筋合いは無い。
世依さんは好きに生きて良いんですよ」

今までの宏弥らしからぬ強い口調の言葉、そして抱きしめる力が強くなり、世依の視界はにじんでいく。

頑張っても気づかれることは無い。
友人が恋の話をしていても羨むことしか出来ない。
実の親もわからない。
だけど求められている。
それは『闇夜姫』であって『私』ではない。
だから誰かに見つけて欲しかった。

『闇夜姫』ではなく『私』を。

世依は俯いてただ泣いていた。
宏弥はそんな世依の頭を撫で、世依は宏弥に身体を預けている。
段々と世依の鳴き声が小さくなってきたとき、宏弥の身体を握る世依の手がぎゅっと力を入れた。

「待っててくれる?」

世依は顔を上げ、そう問いかけた。
彼はわかってくれるだろうか、それだけで。

宏弥の指が世依の涙を拭う。
それはとても優しいものだった。

「待っていますよ、世依さんが待ってて欲しいと言わなくても」

「いつになるかわからないよ?」

「どうせしばらくは研究しているんです、早々簡単に論文は出来上がりませんよ」

お互い顔を見合わせ、知らずに笑っていた。

「・・・・・・もう少し頑張ってみる」

じっと頭を撫でられていた世依が呟いた。
そして顔を上げる。
宏弥も世依がここで辞めないことはわかっていた。
辞めさせればきっとまたそれで彼女は傷つく。
なら、彼女を見失わないように側で待つ方が良い。

「わかりました。
世依さんの意思を尊重しますよ」

「それでももし、途中で辞めたいって言ったら一緒に逃げてくれる?」

「言ったでしょう、一緒に逃げると。
その際には論文を仕上げるのを手伝って下さい」

悪戯な世依の表情に、宏弥も笑って答える。

「手伝って欲しいのは、私として?それとも闇夜姫として?」

彼は欲しい言葉をくれるだろうか。

「そうですね、出来れば僕の恋人として手伝って欲しいのですが」

世依はその言葉に思い切り宏弥に抱きついた。
また泣き出している世依の髪を宏弥は撫でる。
ゆっくり、その手の温かさが彼女に伝わるようにと。
そして宏弥はそっと頭を下げる。

「いずれ、その答えを教えて下さいね」

世依の耳元で囁かれた甘い言葉に、世依は一拍おいて頷いた。