「先生、質問良いですか」
「どうぞ」
その最前列で目を輝かせていた学生が右手をピシッと挙げつつ声をかけた。
既に学生は彼女以外教室にいないが、前後のドアは開けっぱなしで外から騒がしい声が中に流れてくる。
「先生が本来研究したいのは斎王では無く『闇夜姫』なんですよね」
「えぇ」
世依は家とは違い、学生らしい口調で質問してくる。
教卓には行かず、最前列の少し窓側の席から座ったまま話しかけた。
「私『闇夜姫』なんて存在初耳でしたよ」
「当然です。
この世界でも逸話、想像というのが通説ですし、そもそもそんなに資料がありませんので」
ふぅん、と世依は机に肘を突き、自分の方を向いている背の高い男を見上げる。
「もし実在するなら、凄く美人なのかな」
「実在するなら?当時ですか?」
「ううん、今」
段々砕けた口調になっている世依の質問に宏弥は世依を見る。
斎王の儀式だけなら今も息づいている。
闇夜姫もそうなのではと単純な疑問を抱くのは当然かも知れない。
「もしも今も存在するのだとしたら、それこそ能力重視だと思いますよ」
「怨霊対策の人だから?」
「実在するとして今どれだけの事を担っているかはわかりませんが、もしも現代でも存在しているのにそれが明るみに出ていないのなら、よほどの事を背負っていると考えられます。
そういう点で能力が重視されると考えますが、偶像として必要となれば容姿が重要視されてもおかしくは無いですね」
「偶像、アイドルって事か。
そう思うと凄くそれらしい人がいるよねぇ、うちの大学に」
世依が筆記用具を片付けながら何気なく話した言葉に、初めて宏弥がピクリと動いた。
この大学には何かある。
もしかして現代に息づく『闇夜姫』を匿っている可能性があるのだろうか。
そう考えると、自分は何をのんきに講義し勉強をしていたのだろうかと頭を殴りたくなる。
「花崎さん、それはどなたですか」
緊張したような宏弥の声に世依が立ち上がって面白がっているような顔をする。
「知りたい~?」
「是非」
「私に何か報酬は?」
宏弥は腕を組みしばし考えた後、
「何かお好きな甘い物を」
「うむ、手を打とう」
世依は鞄を持って宏弥の近くに行くと自分の持っているスマホの画面を見せた。
そこに写っていたのは、ミス蓮華学院女子というタスキをかけた紺色のドレスを着た娘。
腰まである長い黒髪、真っ白な肌。
写真からでもわかる上品な佇まいは確かにどこかの姫と言われてもおかしくないほどの美女。
そして宏弥はこの娘を知っていた。
「この人、去年のうちのミスに選ばれた「西園寺彩也乃」(さいおんじあやの)さん。今二年で国文学科だよ。
家が京都か奈良の歴史ある家のお嬢様とか聞いたかな。
実は隆ちゃんと面識あるらしいんだよね、仕事の関係で。
そうそう、付近の大学に西園寺さんのファンクラブまであるんだよ、凄いよね、って見惚れ過ぎ」
「見惚れてはいません。
彼女は僕の講義を受けているので知っていたというだけです。
それと隆智くんと面識があるのに花崎さんは無いのですか?」
まさか先に知られているとは思わなかった世依は面白く無さそうに口を尖らせた。
「軽く挨拶したことあるくらいかなって何なのその反応。普通もっと鼻の下伸ばしそうなのに。
先生、そもそも女性に興味ある?」
「次の講義の時間は大丈夫ですか?」
あからさまに話題を変えられて世依が不満げな声を出す。
それを見てクスリと宏弥が笑う。
世依としてはまだまだ宏弥がわからないが、彼があまり学生の前で笑わないのを知っている。
だから少しは気を許してくれているような気がして何だか嬉しくなった。
「次は空きなんだ。あ、約束忘れないでね」
「了解です」
なんか高いの探しておく、と嬉しそうな顔で出て行った世依を見送り、宏弥も教室を出た。