闇夜姫に恋を囁く




少し離れた病室のネームプレートには世依の名前がある。
このフロアだけはホテルの廊下のようだ。
ドアをノックすると開いて現れたのはスーツを着た女。

西園寺さんの時にいた女性だな。

宏弥は名前を聞いていなかったもののあの時に会った女性に会釈する。
鹿島はにっこりと笑みを浮かべ、どうぞと宏弥を中に促した。

奥のベッドで上半身を起こしていた世依は、花束を抱えた宏弥の登場に思わず噴き出した。

「酷いですね」

「だってなんか似合ってない」

世依の表情はいつも通りだ。
本当にいつも通りである事が宏弥にはおかしいのだと気付かせる。

「僕が持っているより世依さんの方が似合いますからね。どうぞ」

二つの花束を受け取った世依はふふ、と笑う。

「もしかして一つは隆ちゃんの分?いらないって押しつけられた?」

「どうせなら世依さんにと断られました」

「そっか。綺麗だね、ありがとう」

世依は花束を受け取り、笑顔で花を眺める。

「お花、花瓶に入れてきます。
それと買い物があるので少し席を離れたいのです。
30分ほど先生にはこちらに居て頂けませんか?」

すっと世依の側に現れた鹿島が花束を受け取りながら宏弥に聞く。

「はい」

「ではお願いいたします」

そういって鹿島は出て行った。

「何か飲み物持ってきましょうか?」

沈黙に耐えかねた宏弥が口にして、自分の発言の愚かさに気付く。
世依の顔をすぐに見れば、世依はきょとんとしていて宏弥の顔見ると笑った。

「大丈夫だよ、今喉渇いてないから。
宏弥さんは?冷蔵庫に色々入ってるから欲しいの気にせず飲んでね」

おそらく自分は今地雷を踏んだ。
なのに世依は笑っている。

彼女は自分の感情を消し、周囲のために上手くあわせているのだと段々わかってきていた。
自分のように計算で見ているのでは無く、背負った物のために自分の感情を殺すことに慣れてしまっている。

宏弥は椅子を引っ張ってきてベッドの横に置いて座った。

「言ってなかった。助けてくれてありがとう」

律儀に頭を下げた世依に、宏弥は言葉が一瞬出なかった。

「いえ」

やっと出た言葉のなんという味気なさ。
宏弥は自分の気遣いの出来なさが情けない。

「私は明後日まで入院だって。
隆ちゃんは今日退院するのに。大げさなんだから」

笑って宏弥に気遣う世依に、宏弥は喉が苦しくなる。

彼女は無理をしている、当然だ。
昨日いくら眠らされていたとはいえ後から知った事実に衝撃を受けていない訳がない。
そもそもどこまで知らされているのだろうか。
眠って運ばれただけなら。

だが彼女はさっき、助けてくれてと自分に言った。
それは何を指すのかわからず、宏弥は言葉を慎重に選ぶ。