大学から数駅、中規模病院に宏弥はいた。
宏弥の手には花束が二つ。
一つはシンプル、もう一つはピンクがメインの可愛らしいアレンジだ。
宏弥は教えられた病室のドアを叩き中に入る。
そこには隆智が既に洋服に着替え、病室を出る準備をしていた。
「隆智くん、もう良いんですか?」
まさか入院したのが深夜とは言え、翌日の昼過ぎには出ようとしていることに宏弥は驚く。
隆智は宏弥の抱えた花束二つを見て笑った。
椅子を勧めて、隆智は座った宏弥の前に立つ。
「宏弥さん、本当にありがとう」
深々とお辞儀をした隆智に、宏弥は気にしないで下さいと答え、隆智に座るよう声をかけた。
それに隆智は困ったような顔をしながら従った。
「あの時宏弥さんが動いてくれなければどんなことになっていたかと思うと、俺は本当に恐ろしいよ」
段々隆智は俯く。
まさか睡眠薬を盛られるなんて。
あんなに不審者に気を配り、必死に守ろうと気を張っていた。
だが薬を持ったのは隆智も知っていた真田という女。
目立つ存在でも無かったが、少々失敗があっても彼女なりに姫を大切にし真面目に仕事をしていることは評価していた。
だが実際は佐東側についていて、自分たちを裏切った。
もっと目を光らせていれば。
後悔と自分の情けなさに、爪が食い込むほど手を握っていた。
「隆智くんは今回のことでまた自分を追い詰めているんですね」
「追い詰めているんじゃ無い、自分の不甲斐なさを反省しているだけだ。
こんなの反省しても意味は無い。結論として俺は失敗した。
宏弥さんがいなければ世依は守れなかった」
顔を俯かせたまま、隆智は暗い声で言う。
「僕は隆智くんが家まで来てくれなければ異変に気づく事はありませんでした。
隆智くんが必死に世依さんを守ろうとしているのに、結局僕は危機感を抱いていなかった。
松井という男も敵意を向けられているのは気付いていて、少々引っかかってはいたのです。
ですが一度しか話していなかったせいもあって、その後は気にしていませんでした。
些細なことも隆智くんに報告していればと悔やむばかりです」
隆智は表情の無い宏弥を見て、彼なりに相当参っていることを気付いた。
一緒に住むようになって、やはり宏弥は自分たちを大切にしている。
最初はおそらく打算が働いての同居だっただろう。
だが今は違う。
この男なら世依を任せられる、そういう人間に出会えた。
これは隆智にとって寂しいことでもあるが、ずっと望んでいた物。
彼女の欲しいものは、きっと自分では渡せないことをわかっているから。
「これから世依の所だろ?」
「えぇ。ですがもう退院でしょうか」
「いや世依は明後日まで入院。
検査もあるけれど、やはり心を少し落ち着ける必要があるからさ」
二人でそのまま沈黙する。
心配していることは共通していた。
「これ、隆智くんにと。荷物になるので僕が持って帰りましょうか」
花束を一つ差し出した宏弥に隆智は苦笑いする。
「いやこれから会議なんだよ。こんな事態が起きたばかりだからね。
奴らの処分や残党の洗い出しもあるから外に泊まるよ。
世依の退院までには戻ってくるけどそれまで家をお願いできる?」
「わかりました」
「その花束は世依にあげてよ」
宏弥は明るく笑う隆智に頷いた。