倒れている男達を確認するのは後回しにするしか無い。
勢いよくドアを開ければ、暗い部屋の中に白い物が目に入ってきた。
宏弥が目をこらす。
白い物、それが横たわる足だと気付く。
その上に男がまたがっていた。
気付いた男が振り返ると同時に、宏弥はスピードと身体の回転の力を目一杯右拳にこめてその男の上半身に打ち込んだ。
がは、という声を上げ、男が横たわる女から吹っ飛び大きな音が部屋に響く。
「世依さん!!」
横たわっていたのはやはり世依だった。
黒の着物が部屋の暗さに溶け込み、たくし上げられた着物の裾から真っ白な足が陶器のように浮かび上がっている。
世依に顔を近づければ、その顔は眠っているように見える。
だが部屋が暗くて横たわっているのがだた眠っているのか、もしかして頭を打っているのか判断できず再度声をかけようとした。
「邪魔をするな!!!」
その声に宏弥は身体を低い位置のまま突進してきた男にタックルをすれば、男は手に持っていたナイフを宏弥に振りかざす。
それを片手でたたき落とすと宏弥は男に馬乗りになり、すぐに手を拘束した。
そして間近で見てその男に気付く。
恐ろしいほどの目で宏弥を睨み付けていたのは、教務課にいた松井大輝だった。
「どけ!お前は邪魔なんだよ!!」
「世依さんはどうなってるんですか?!怪我をしてるんですか!」
「うるさい!どけ!」
「答えろ!!」
押さえつけられたままでも暴れていた松井を、宏弥は一層力をこめて潰し怒鳴る。
その勢いにピタリと松井は暴れるのを止めた。
「答えろ、彼女はどうなってる」
床に背中から押さえつけられた松井は顔を逸らして黙り込んだ。
それに苛ついた宏弥は松井の右手をひねりあげる。
その痛みに松井は叫び声を上げた。
「答えなければ容赦なくひねりあげる。
続ければ骨が折れるだろう」
感情を感じさせない低い声に、松井の身体がびくりと動いた。
「言え。
お前は彼女を殺したいのか」
「ふざけるな!俺は彼女を自由にするために来たんだ!」
松井はその問に腹を立て怒鳴る。
腕の痛みを堪え、顔を動かし自分を押さえつけている憎むべき相手を松井は睨み付けた。
「俺は世依を闇夜姫なんてものから解放するために来たんだ!
世依の望む自由を与えるために!
お前のように世依を利用するような汚い男は消えろ!」
自分のモノだといわかんばかりに世依の名前を言う松井を、宏弥は冷めた目で見下ろす。
「自由?どうやって?」
「知ってるだろうが!彼女が男を知れば良いだけのこと。
それは俺がやるべきことなんだよ、世依だってそれを望んでる!」
宏弥は自分がこの状況で冷静になりすぎていることに違和感を感じていた。
これは冷静なんかじゃ無い、逆の感情だと言うことに気付いてはいなかった。
「彼女がそんなことを望んでいたとはね。
望んでいるのなら何故彼女の意識は無いんだ。
他の者達も倒してまでやるなんて、後ろめたいからだろう」
「お前はわかってない!
彼女は逃れられないから俺達が、いや俺が悪者になって世依を解放するんだよ!
そうすれば世依は被害者になり、自由になれる。
その役を世依は俺に託しているのさ。
はは、本当の愛を知らない男にはわからないだろうな!」
怒鳴りながら饒舌に語る松井の目は普通では無い。
ここまで言うのならこの男の中ではそれが事実なのだろう。
だが現実は世依が意識を失ったところを狙っている。
そして何より、こんなことを彼女が望むはずが無い。
恋をしたいと願う彼女が、恋をしていない男にこんな形で。
それは彼女のささやかで大切な思いを打ち砕く行為。
また暴れて逃げようとする松井を乱暴に上を向かせ、容赦なくそのみぞおちに拳で殴った。
くの字に曲がった松井は、痙攣しながら動きを止めた。
暴れなくなった松井から離れ、急いで世依の元に駆け寄り息や身体を確認する。
出血も無く、小さく呼吸する音が聞こえた。
恐らく眠らされているのだろう。
足下の着物を直し世依を抱き上げる。
きっと眠っているだけだと思っていても、早く医者に診せなければと宏弥は内心焦りを感じながら扉を出て進むと、女がナイフをこちらに向けて立っていた。
「姫を、置いて下さい」
真田は声を震わせながら目の前の男に言う。
果物ナイフを握る手も少し震えているのを自覚していた。
宏弥は初めて見る女の方に世依を抱えたまま進む。
「止まれって言ってるの!」
必死に声を上げたが、宏弥は真田を見ること無くその横を通り過ぎた。
「あんたはわかってない!
女の子がこんな事に縛られている異常さを!」
真田は遠ざかる背中に向けて泣きわめきながら叫んだが、宏弥が立ち止まることは無かった。