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その夜は新月だった。
いつも通り闇夜姫としての責務を果たすため、世依は家の裏に繋がる寺の一室で付き添いの女達に黒の着物に着替える。
二名の女がいつも世話をするが、今日はそのうちの一人が体調不良で何度か代わりとして来ていた真田という二十代の女が来ていた。

着付け終わり世依が椅子に座っていると、横にある小さなテーブルに可愛らしい白磁のティーカップが置かれた。

「今日はその、寒いですし少しでも温かい物をと」

真田が遠慮がちに世依に話しかける。
元々消極的な性格のようだが、真田なりに世依に尽くそうとしているのはわかっていた。

「まぁ、姫に不思議な物を」

いつも対応する女は四十を過ぎていて世依に過保護なところがある。
難しい顔をした女に、真田は同じティーカップを二つ持ってきた。
三人分の白いカップには真っ青な液体が入っていて、女は仕方なく受け取ったがその色に困惑しているようだ。

「これはバタフライピーでしょう?」

世依の言葉にぱっと真田の顔が明るくなった。

「流石は姫、よくご存じですね」

「この頃ハーブティーに凝っているの」

優しく返した世依に真田はさっきまでおどおどしていたことなど忘れたように話し出す。

「青い色がインスタ映えするとかでも人気ですけど、このお茶はポリフェノールを多く含んでて美容にとても良いんです」

その説明に初めて困惑していた女が興味を示した。

「そうなの。じゃあ頂こうかしら」

「是非!」

真田は嬉しそうに返事をし、女は苦笑いしながらカップに口をつける。
それを合図に三人で真っ青な紅茶を飲み、少しだけハーブティーの話をしていると扉番から声がかかった。

「姫、よろしいですか?」

えぇ、と世依が女に返し真田がカップを受け取る。
三人のティーカップは綺麗に空になっていた。


世依はいつも通り薄暗い通路を通り、祈祷をする部屋に入る。
後ろで静かにドアが閉まった。
部屋の中には僅かなロウソクで灯りがあるが、部屋全体が見えるわけでは無い。

世依が奥に置かれた錫杖のような棒を手に取ろうと足を進めたとき、ぐらりと床が揺れた気がした。
地震だろうかと身構えたが今度は頭の中が重くなってくる。
襲ってきたのは異様なほどの強い眠気。

おかしい。どうして。

世依はそれ以上考えることも出来ないまま、ずるりと冷たい床に倒れ込んだ。



宏弥はタイピングしていた手を止め眉間を揉む。
思ったより集中していたようで近くの時計を見ると深夜二時を過ぎている。
今夜は新月。
世依は祈祷を行っているはずだ。

そんなことを思いながら、水を飲もうと机の上のペットボトルを持つと空っぽ。
仕方なくキッチンに飲み物を取りに行こうと部屋を出た。

階段を降りてキッチンに向かおうとしていたが、どうしても裏に繋がる扉が気になってしまった。
こういうのを覗くのはいけないと宏弥は頭を振り進もうとしたとき、ガタン、と大きな音がした。
その音の先はあの扉の部屋。
宏弥は急ぎその場所に行けば、手だけ部屋の中に見えた。

「隆智くん!」

這いずるようにいたのは隆智だった。
宏弥がただならぬ状態に声をかける。

隆智は虚ろな顔を必死にあげながら、

「世依を、世依が」

「わかりました」

必死に声を出す状況で宏弥は世依が危機的状況に陥っていることを把握する。

「隆智くん怪我は」

「世依、を」

この部屋は暗くて隆智の様子がわからない。
だが必死にここまで来たと言うことは、自分に助けを求めなければならない状況だと言うことだ。
宏弥はすぐにそう判断し、

「僕が行きます」

そう答えて床に倒れたままの隆智を残しその先へ足を踏み入れた。

走って薄暗い廊下を進めば、二つに分かれていて宏弥は左右を見る。
すると片方の奥にドアがあり、その前に二人の男が倒れていた。
そのドアは少しだけ開いているのがわかり、宏弥はそちらに走る。