「せっかくだから最後まで聞きなよ。

子供の逃避行なんてたかが知れている。
リュックにお菓子を詰め込んで、遠足だと思って喜ぶ世依と街に出た。
だけどどうしていいのかわからず、大きな公園の遊具に隠れて時間を潰した。
世依はそもそも外に出してもらえなかったから、無邪気に楽しんでいたよ。

そんな時に地震が起きたんだ。
公園の遊具がギシギシ音を立てて、怯える世依を抱きしめながら自分も怯えてた。
そんなに立たずに揺れは収まって、俺たちは怖くて再度街に出た。明るい場所に行きたかったんだ。
街にある大型モニターではニュースをやっていて、地震でけが人が出ていると知った。
そこを二人で手を繋いで見ていたら、警官に捕まってね。
確かに夜の11時を過ぎていて子供二人じゃ不味いよな。
速攻で父親達が来たよ。

そこで俺は別に怒られなかった。
家に戻されて、世依は宵闇師達に囲まれた。
良かった、これで地震が収まるって」

宏弥はすぐにあの隠し通路を見つけた日の事を思い出した。
あの日の前にも大きな地震があって、闇夜姫は二日連続で祈祷をしていた。
イレギュラーはこれなのだろうか。

「俺は知らなかった。
世依が幼いながらそういう祈祷をしていたことを。
実際はまだまだまねごとに近かったけれど、それでも世依には宵闇師達の能力をそれなりに上げる力はあった。

そしてその翌日、ニュースで見たのはまだ三歳の少女が家具の下敷きで亡くなったというものだった。
俺も世依も繋いでいた手を強く握りしめていた。
そしてお互いに口を出さなくても思った事は同じだった。

俺たちが逃げたから地震が起きてこの子は死んだのか、って」

「それは」

「わかってる。たまたまだって言いたいんだろ?」

宏弥が思わず口を挟むと、わかったように隆智が答える。
その声は悲しんでも、何でもなく淡々としている。

「俺も思ったよ、こんなのただの偶然だって。
でも帰ってきたときに宵闇師達が言った言葉が呪いになったんだ。

未だに世依は自分のせいだと思っているし、俺はまだ何もわかってなかった世依の心に深い傷をつけた。
地震が起きると世依は過剰に反応してしまう。
無理をさせたくないのに、それで世依が安心するならと。
馬鹿な話だろ?」

世依の言っていた幼い頃疑問を持つべきだと言ったのは隆智だろう。
そして宵闇師達に闇夜姫の存在が必要だと教えられた。
まだ幼い二人にそれはどれだけ残酷な出来事だっただろう。

宏弥には正直いくらなんでも地震と闇夜姫の力は関係無いと思えた。
古代、天変地異を引き起こす災いをおさめるために闇夜姫が力を振るったのはわかっているが、今はきっと違うのでは無いか。

だがそれを証明するにはまた闇夜姫が祈祷を行わないようにするしかない。
そしてそれでタイミングよく大地震など災害が起きてしまったら、世依の心が壊れてしまうほどの衝撃を受ける可能性もある。
だから試すことは出来ない。
そんなことは隆智にも百も承知のことだ。

二人の沈黙の間には同じような考えが巡っていた。

「そういう話しを聞けば世依さんを解放したいと思ってしまいますね」

宏弥からようやく出た言葉に隆智が苦笑いする。

「そんなことしたら研究対象が無くなるだろ」

その言葉は不思議と嫌みに聞こえない。

「自分でも身勝手だとは思いますが、闇夜姫という存在は公に知って欲しい、だけど世依さんは自由になって欲しいと今は思います。

彼女が願う、恋の出来る普通の生活が送れるように」

その言葉で隆智は宏弥を疑う気持ちがさっぱりと消えてしまった。
世依が心から願うものを、彼も自分のように願っているのだから。

「俺としては変な男に引っかからないか気が気じゃ無いよ」

「隆智くんが相手になれば良いのでは?」

純粋な言葉に隆智が声を上げて笑い出した。

「嫌だね。
ずっとつかず離れずでいられる兄ポジションの方が絶対に良い」

「愛が深いですね」

宏弥は優しく隆智に言うと隆智の表情は何故か泣きそうにも見える笑顔になった。

「その際はさ、宏弥さんが相手になってよ」

「え」

流石の宏弥も突然の話に間の抜けた声が出た。

「世依が俺以外の若い男に懐くのはきっとこの後も無いと思う。
宏弥さんが世依をある意味変えたんだ。
その責任を取らないとね」

ははは、と笑って隆智は立ち上がると、さっさと空になった自分のカップ焼きそばを片付けてダイニングを出て行ってしまった。

宏弥は既に伸びきった残り少ない麺など忘れ、動くことが出来なかった。