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週末、珍しく世依は育ての母である隆智の母親と朝から出かけていた。
家には隆智と宏弥だけ。
隆智が行かなかったのは、今日は女性同士のデートということで母親から断られたせいだ。
もちろん守護者が近くで守っているが。
宏弥は朝食事を取った後、二階の自室に籠もって仕事をしていた。
以前書いた「恋と斎王」を題材にした寄稿文の評判が良く、また同じテーマで頼まれたのだ。
斎王の恋として有名なのは「在原業平」だろう。
伊勢物語の「むかし、男ありけり~」で始まる第六十九段「狩の師」。
ここで斎王と業平の一夜の恋、禁断の恋が描かれている。
現代ではこの恋は創作であるというのが主流だが、宏弥は執筆のために資料を読みながら以前とは違う印象を抱いていた。
伊勢という都から遠い場所に隔離された世界。
そこに現れた男。
創作だとしても、もしそれが叶うのなら禁断の恋でも良いと願う斎王はいたのだろう。
これが今まさにこの時代にある。
場所は完全に隔離されていなくても、彼女に恋をする自由は無い。
なのに彼女はそれを全て受け入れ、今の役目に誇りを持っている。
そんなのは自己暗示じゃ無いのだろうか。
だからといって自分に彼女の役目を降ろさせる方法は浮かばない。
側でずっと見守ってきた隆智は、どんな気持ちを抱いてきたのだろう。
そんなことを考えていたら昼を回ってしまっていた。
ただ机に向かっていただけでも腹が減ってきている自分に呆れながら宏弥は部屋を出た。
キッチンに行き買っておいたカップ麺でも食べようかと思ったら、リビングでパソコンを使っていた隆智が声をかけてきた。
「昼飯?」
「はい。カップラーメンでも食べようかと」
「いいね。俺もそうするかな」
皆各自キッチンの自分の場所にこういう物を常備している。
宏弥はカップラーメン、隆智はインスタント焼きそばを作り、二人でダイニングで食事を始めた。
「夕食どうする?」
「世依さんは食べてくるんですよね。
今日くらい隆智くんはゆっくりしたらいかがですか?
スパゲッティくらいなら僕が作りますよ」
「洗い物もめんどいし、かといって買いに行くのも面倒だし。
なんか出前頼む?」
「お弁当くらいなら僕が買ってきますから」
かなり疲れている隆智に宏弥が提案すると、じゃぁお願いするよと隆智が頷いた。
「大丈夫ですか?」
「ただの寝不足。この頃動きがおかしい連中がいるんで目が離せないんだよ」
ダイニングキッチンには隆智が箸を動かす度に焼きそばのソースの良い香りが広がる。
黙々と食べる隆智が言ったのは宏弥に接触してきた者達の話。
本来今日世依を外出させるのは悩んだ。
だが変に外に出なくなるのもおかしいし、世依にはそもそもこの事は知らされていない。
気分転換の外出くらい、気にせずに出かけさせたかった。
「僕にはあの後特に接触はありませんが」
「宏弥さんに一回しか接触してないのか。
それも引っかかるんだよな」
隆智が素直に宏弥の言葉を信じたのは既に調査済みなのか宏弥はわからない。
「闇夜姫に直接接触してくる可能性は」
「それが一番危惧してる点。
日頃は守護者達が守ってるけど完全じゃ無いしね。
例えば女子トイレで攫われたらすぐには動けない。
守護者が気付くか、監視カメラにでも引っかかって貰わない限り」
「かといって本人に事実を知らさせて無用な不安を与えたくないと」
話が早いね、と隆智が笑う。
だが笑っていても疲れは隠せない。
そろそろ新月、何か関係があるのだろうか。