闇夜姫に恋を囁く



翌日朝、キッチンで世依が隆智特製パンケーキを食べていると宏弥が現れた。

「おはよー」

「おはようございます。体調はいかがですか?」

「ばっちり!」

「朝からパンケーキ食いたいって言い出すほど元気だよ」

隆智が呆れながら焼きたてのパンケーキを一枚皿に載せる。
小さいサイズとはいえこれで三枚目、世依は焼きたてのパンケーキにたっぷりはちみつをかけて頬張っていた。

「宏弥さん、パンケーキならすぐ焼けるけど」

「是非そちらを。世依さんが幸せそうな顔で食べているので絶品なんでしょうね」

「単に高い粉使ってるだけだよ」

「世依、お前は世の中で料理をする人達に謝って回れ」

すみませんでした、とパンケーキの残った皿を奪われないようにしながら世依が隆智に謝っている。
それを見て宏弥も安心してしまった。

目の前で口喧嘩をしている世依と隆智。
それを見る宏弥にはもう、それがただ闇夜姫と宵闇師には見えなかった。


「明日まで出張が入った」

朝食中かかってきた電話に出た隆智がテーブルに戻ると渋い顔で報告してくる。

「大丈夫だよ、もう体調戻ったし」

「何言ってるんだ、昨日まで熱があったんだぞ」

「今日は講義休んでゆっくりするよ」

世依の言葉に隆智は信用できず不安な気持ちになるだけだ。
明後日は満月。
その祈祷まで身体を休めて欲しいが、タイミング悪く出張が入ってしまった。
いつもなら他に任せるが今回ばかりはそうはいかない。
タイミングの悪さに頭が痛くなりそうだ。

「隆智くん」

額に手を当てていた隆智が顔を上げて宏弥を見る。

「僕は今日昼過ぎに講義が終わりますし、後はここに戻ってきますよ。
仕事はここでします。
食事も凝った物は出来ませんがきちんと三食世依さんに食べさせるので」

エプロン姿の隆智はその提案に驚くことも無く、やはりホッとしたような表情になった。

「そう言ってもらえると俺も安心して出張できるよ。
別に手作りじゃ無くて出前か弁当買ってくれば良いんだし」

「わかりました。
定期的に隆智くんに世依さんの状況伝えますから」

「あのー、そこの二人で赤ん坊の面倒見るようなやりとりは」

何だかお荷物状態の世依が溜まらずに口を挟むと、隆智が呆れた顔をする。

「それだけ朝から食べられてるからといってその後どうなるかわからないだろ。
俺が見張ってないと菓子しか食ってない時がざらなんだから」

「お菓子くらい良いじゃ無い」

「栄養が偏る。野菜も取れ」

わざとらしいほど頬を膨らませている世依に、隆智は呆れながら説教を続けている。
きっと端から見れば仲の良い兄妹だろう。
彼らがもう一つ背負う物を知ってしまっても、やはり宏弥にとってこの家で同居を許してくれた若者二人だという認識は変わらない自分に少し安堵する。

『彼らの方が自分などよりよほど人間が出来ているな』

二人は宏弥がある種敵のような存在だとわかって中に招き入れた。
どんな理由があったにしろ、特に世依の安心を脅かすような真似を自分はしたくない、そんな気持ちは確かにある。

「隆智くんは世依さんが心配なだけです。
隆智くんも全くお菓子を食べるなとは言ってないんですから、まずは三食取って身体を休めて、そして適度にお菓子を食べる、でどうですか?」

「どうですかって」

隆智が宏弥の提案に呆れ気味に声を出すが、その表情は最後は笑いに変わっていた。

隆智としてはお互い立場がわかった上でのやりとり。
先日彩也乃から宏弥は影武者だとわかっていて興味が無いと連絡があった。
恐らくもう宏弥は闇夜姫が誰か気付いているのだろう。

だが隆智が一緒に暮らしていて見る宏弥は世依を、そして自分すらも大切にしようとする人間だとわかった。
最初はもっとドライで踏み込まない人間かと思ったのに。
今は世依の心身が最優先。
隆智は宏弥に世依を託すことにした。


「では僕は講義がありますので。
鍵は閉めていきますから寝ていて下さいね。
お昼は何が良いですか?買ってきますから」

リビングのソファーでクッションを抱え横になっていた世依に宏弥が声をかける。
世依は身体を起こして、

「お弁当でいいよ、大学で売ってるやつ」

「わかりました。他に必要なのがあったらメール下さい」

「ごめんね」

世依が上目遣いに謝る。
女ならではの誘いというのではなく、子供が怒られるのを不安そうにしている顔だ。
それを見て宏弥は慣れたように世依の頭を撫でる。

「隆智くんが心配します。
少ししたらベッドで寝て下さい」

「はぁい」

再度宏弥は頭を撫でて家を出て行った。
玄関の鍵がかかる音を聞き、世依はため息をつく。

「完全に子供扱い。失礼しちゃう」

きっと自分は彼の理想の闇夜姫にはほど遠い。
こんな私がそうだとして、彼は呆れないでいてくれるだろうか。

世依は自分でもよくわからない感情に、うなり声を上げながらクッションを抱きしめた。