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宏弥は寒さで目を覚ました。
仕事をしたまま机で突っ伏して寝てしまい身体が痛い。
置き時計を手に取って見ると三時、それも夜中だ。

風が強いのかガラス窓がガタガタ音を立て、裏の寺の木々が大きな音を立てている。
身体が揺れていると感じたのは風のせいだったのかと宏弥は息を吐いた。

数日前、東北を震源として大きな地震が起きた。
それは以前起きた大震災を彷彿とさせ、気象庁は今後一週間は非常に注意して欲しいと国民に呼びかけた。
その後も小さな地震が起き、今回もその余震かと思ったが風によるものだったようだ。

喉の乾きに宏弥はキッチンに行こうと厚手の上着を羽織り、そして静かに部屋を出た。

家の中は電気が付いていないので暗いのだが、玄関の磨りガラスから入ってくる光が思ったより明るい。
そういえばそろそろ満月だったかと宏弥は思い出した。

寝ている二人を起こさないように静かに階段を降りてキッチンに向かおうとして、小さな笛のような音が聞こえる。
それでどこからかか風が入ってきていることに気がついた。

『どこか窓が開いているんだろうか』

宏弥は月の明かりと段々目が慣れてきて、一階廊下奥、倉庫代わりの部屋のドアが少しだけ開いているようだ。
そこの灯りはついていない。
奥に小窓があったはずなので、そこが閉め忘れて開いているのだろうと静かにドアノブを握ってドアを開ける。

そして気付いた。
小窓の方では無い、いつも食料品のストックが置いてある棚から風が吹いてきていることに。

宏弥がその棚に手をかけると簡単に横にスライドした。
そして一気に風が宏弥の身体を襲う。
目の前に現れたのは、薄暗いどこかに続く廊下だった。

宏弥はごくりと喉を鳴らす。
この先には恐らく自分の求める何かがある。
それを直感で感じていた。
だが、空気が違うのだ、この倉庫のような部屋と一歩先の廊下では。

自分には霊感など無いし、そういうものに意識をしたりもしていない。

『聖域』

この先の向こうはそうとしか思えないと宏弥は感じた。

小さな声が聞こえ、宏弥は急いで棚を閉めて倉庫を出ると近くの物陰に隠れる。
外の風の音が家の中まで聞こえるのに、宏弥には自分の心臓の音が酷く頭に響いていた。

何かが動く音がして、宏弥はあの棚が動いていることに気付き息を殺す。

「大丈夫か?」

聞こえてきたのは男の声。

「大丈夫。ただちょっと疲れたかな」

次に聞こえてきたのは若い女の声。
どちらも宏弥には聞き慣れた声だった。

「地震が起きてるからって無理する必要は無い。
あの時のことを今も背負う必要なんて無いんだ」

隆智が必死にも思えるように声をかけている。

「でも少しでもやらなきゃ」

「今日で二日連続だ。
満月も近いし流石に身体を休めてくれ。な?」

宏弥に聞こえるのは風の音と風が窓を叩く音だけ。
しばらく沈黙が続いていたようだが、階段の上がる音が聞こえる。
そしてドアが閉まる音がして、再度階段を降りてくる音に宏弥は外に出ようとした身体を再度潜めた。

誰かが近くを通り倉庫の部屋に入っていくと棚を動かす音がした。
しばらく宏弥は様子をうかがっていたがその後動きは無い。

再度あの棚に行ってみるといつも通りの位置に戻っていた。
おそらく隆智が通ったのだろうと宏弥は考えた。
気遣っている彼女を部屋に戻し、自分は仕事に戻ったと考えるのが妥当だ。

キッチンに行き、電気もつけずに冷蔵庫から一本自分用のペットボトルを持って何事もないように宏弥は部屋に戻った。