「今しばらく私達を今まで通りで過ごさせては頂けないでしょうか。
私達が全てを救っているなどとは思っておりませんが、まだ私達を頼りにする人々もいるのです。
先生が私達を研究して頂けている事は率直に言えば感謝しております。
どうか我々の我が侭をお聞き入れくださいませ」

そう言うと彩也乃は席を立って、宏弥に向かって深く頭を下げた。

「姫!」

隆智が音を立てて椅子から立ち上がり焦ったように声をかける。
だが彩也乃の隣にいる隆士郎も立ち上がって同じように頭を下げた。
隆智はそんな二人を見て手を握りしめると、宏弥の方を向いて頭を下げた。

「皆さん、頭を上げてください」

その声に頭を三人が上げると、宏弥も席を立ち上がっていた。

「僕は闇夜姫のおかげで進む道を見つけました。
ですので全て遮られてしまうのは受け入れられませんが、少なくとも今の段階では皆さんの気持ちを踏み弄るようなことはしないとお約束します」

宏弥の表情はやはり変わらず、隆智はもっと踏み込んだ約束を取り付けたいと口を開こうとしたのを隆士郎が気付き首を横に振る。

「朝日奈先生、ありがとう。
ある意味貴方は秘密を共有する仲間だ。
もう一つお願いするのなら、また不審な者が近づいてきたら隆智に教えて欲しい。
彼らが直接姫をターゲットにするような事は考えたくは無いが」

「それは西園寺さんに危害を加える可能性でしょうか」

再度皆座った後に、宏弥が緊張感のある声で尋ねたので隆智が、

「姫は満月と新月に祈りを捧げる。
その際姫は力を使われる分酷く疲れてしまうんだ。
それを回避したいと攫う可能性もある」

「書物では闇夜姫が危険を感じ取ってなどと書かれていましたがそうだったのですか」

初めて知った闇夜姫の知識に、自分が調べた今までの情報に書き加える。

「いや、昔、どれほど昔かはわからないがそういう時代もあったようだ。
ただ隆智も言ったように姫の負担になる。
恐らく長く務めて貰うために、一番効果を発揮するその二回になったのかもしれないが」

「学長も詳しくはご存じないのですか」

「君が探せないように、ほとんど闇夜姫について書物は残っていない。
口伝なんだよ、基本は。
時々秘密裏に側近か、闇夜姫と関わった者が書物にしたためてそれが出てくる場合もある」

「口伝では正確性が欠けていきますね」

「それよりも情報を外に漏らさないことの方が優先されたんだ」

視線を宏弥が彩也乃に向けると、彩也乃はにこりともせずに無表情で宏弥の視線を受け止めた。

いつも学園で出逢う彼女とは違う。
美しく、凜々しく、カリスマ性もある。
彼女が闇夜姫と知らされても、自分の心にある違和感は消えない。

「僕に対するご用はこれで終わりでしょうか?
終わりでしたら帰らせて頂きたい。
あの家に世依さんが一人で待っているのは隆智くんも心配でしょう?」

まさかの内容にわかりやすいほど隆智の表情が変わる。

何で目の前にあれだけ追う闇夜姫と宵闇師達がいるのに帰りたいなどと言うのか。
それも世依が待っているのが心配などと。

「良いんですか、世依よりも貴方には闇夜姫と話す時間の方が欲しいのでは無いんですか」

苛立ったような隆智に、宏弥は少しだけ口元を緩めた。

「ここは闇夜姫に質問する為に設けられた場所では無いでしょう?
あくまで僕を納得させるために出てきて貰ったのでしょうから。
それにこの学園にいるとわかったのです。
質問は今後させて頂ければ。
良いでしょうか、西園寺さん」

最後彩也乃に質問が飛んで、彩也乃は先ほどまで人形のような表情だったのが年頃の娘の表情に戻る。

「はい。先生とは一度ゆっくりお話ししたいと私も思っております」

横で困惑したまま何か言いたそうな隆智に隆士郎は苦笑いを浮かべる。

「そうですね。娘も一人で寂しいでしょう。
どうぞ帰って相手をしてやって下さい。
後藤」

その声に宏弥の入ってきた方のドアが開き、先ほど案内した男が頷く。

「朝日奈先生どうぞこちらに」

宏弥は頷いて立ち上がって頭を下げると隆士郎を見た。

「先ほど秘密を共有する仲間だと仰いましたね。
でしたら今度は本当のことを教えて頂ければと。
では失礼します」

そう言うと宏弥は部屋を出て行った。
ドアが閉まり三人はそのドアを見ていたが、隆智が椅子の背に身体をのけぞらせるようにして大きなため息をついた。

「盛大なため息ねぇ」

彩也乃が苦笑いして窘める。

「彩也乃もわかってるんだろ」

ムッとしたような顔に彩也乃は楽しげに笑う。

「なに?私が影武者と気付いているだろうって事?
それとも世依ちゃんに会いたいって言ったこと?」

「こらこら二人とも」

幼なじみの二人が言い合いになりそうなのを隆士郎が止める。

「早々簡単にはいかないだろうがきっと彼は私達に悪いようにはしないだろう。
これで優先すべきは佐東達だ」

隆士郎の言葉に、隆智と彩也乃は表情を引き締め頷いた。