「いいえ。
私達が目立ちたいと思っていたのならいくらでも方法はあります。
ですが裏にいなければ成せないこともあるのです。
私は闇夜姫であることに誇りを持ち、日々を過ごしています」

宏弥と彩也乃の瞳が絡む。
宏弥が目を伏せて再度彩也乃を見てから隆士郎に顔を向ける。

「ようは皆さんとしてはあの佐東という方とは違い表立ちたくは無いと」

「その通りだ。そもそも私達の考えの方が普通なんだよ」

「では皆さんとしては僕に今後一切闇夜姫の研究をしないで欲しい、という要求なのでしょうか」

「いや、それは違う。
その事についてこちらからの願いを聞いて欲しい」

隆士郎の言葉に宏弥は特に表情を変えない。

「我々の要望は、今、闇夜姫や我々宵闇師が存在することを明らかにしないで欲しいという事。

君の研究からすれば今もこの現代に根付いているのだというのを研究結果として発表するのがベストであることはわかっている。
だがそれだけは勘弁して貰いたい。
可能であれば、斎王と同じようにあの古代だけ存在した、後はまだ未解明、として欲しいのが望みだ」

「無茶を言いますね」

少しだけ眉間に皺が寄ったのを正面に座る彩也乃は気がついた。

当然だろう、ずっと追いかけていた幻の蝶を見つけたのに、それは発表せずに古代に絶滅したとして欲しいというのだから。

研究者にあまりに身勝手な事を要求することはここにいる宵闇師は理解していた。
この要求により佐東側につかれるリスクももちろん考えた上での行動。
もしも宏弥がここで知ったことにより強行的に外に知らしめるとなるのなら、ある程度の脅しもやむなしとなっている。

彩也乃は静かに見守り、隆智は膝に置いた手にはいつの間にか汗がにじんでいた。

「善処はします」

どれくらい沈黙がこの部屋に続いただろう。
ようやく口を開いたのは宏弥だった。

だがその返答に隆士郎は警戒の色を目に浮かべる。

「善処、とは?」

「今すぐに外に知らしめると言うのはしないという事です。
僕はこれでも研究者ですので、発表するとなればそれなりの証拠を積み重ねなければなりません。
こんな場所で会って話しました、なんて突然の報告に価値はない。
スマートフォンも取り上げられ、音声や映像で何か残っている訳でもないですが、そもそもそんな画像は簡単に作れるのですからこの現代では意味を持ちません。

ですので当分は今まで通り書物や足で証拠を探していく、ということです」

「それは、今は猶予を与えるがその先は約束しないと言うことかな」

「そもそも西園寺さんはいつまで闇夜姫としているのですか?
僕の知識では既に辞めている年齢もありましたし、そもそも随時いるわけではありませんよね。
その頃にはまた状況も変わっているのでは?」

宏弥の追求に、やはり簡単にはいかないかというため息を隠しながら隆士郎は、

「君の予想通り随時闇夜姫がいる訳でもないし、退く年齢もまちまちだ。
彼女は今のところまだ退く年齢は決まっていない」

「ようは彼女の能力が衰え出すまで、と」

「もちろんいつまでも姫に不自由を強いるつもりはない」

「そうでしょうね」

隆士郎と宏弥のやりとりに隆智は苛立ってくる。
宵闇師は闇夜姫を生け贄にしていると宏弥に言われ、頭にくると供にそれが事実だとわかっている分、宏弥の言葉にイライラしてしまう。

そんな宏弥の手を真っ白な手が上から包み込み、知らずに俯いていた顔をハッと上げる。
彩也乃は目を細めて隆智を落ち着けようとしていることに気付いたことで、隆智は唇を真一文字にして軽く頷いた。

「朝日奈先生」

隆智から手を離し、彩也乃は静かに声をかける。