「朝日奈先生、どうぞこちらに」

促され中に入ってもそこには誰もいない。
ここにいるのはこの男だけだ。

「初めまして。私は後藤と申します。
申し訳ありません、スマートフォンなど録音録画出来る機械はこちらの箱に入れて頂けませんでしょうか。
お帰りの際に返却いたしますので」

A4サイズのアルミ製の箱を差し出しながらにっこり後藤は笑うが、目の奥は鋭い。
宏弥は胸ポケットからスマートフォンを取り出し箱に入れ、他には何もありませんと申告すれば、後藤は笑顔のまま一瞬黙った後、ありがとうございますと言ってその箱の蓋を閉めた。

後藤に先導され向かったのは右壁にある本棚。
一冊の本を取り出すと奥に指紋認証と何かの機械が取り付けてあり、後藤は指を置いた後、入室、とそこに声をかける。
ガタン、という音と供に、静かに本棚が横にスライドし、そこにドアが現れた。

後藤がドアを開けると自動で電気が付き、そこは長方形の部屋で会議で使うようなテーブルと椅子が並んでいる。
ただ上座の一席だけは明らかに高級な椅子が置かれていて、宏弥はその対面の席を案内された。

「少々お待ちください」

「はい」

後藤は頭を下げ、ドアを閉めると先ほどの部屋に戻ってしまった。
宏弥は顔をあまり動かさずに部屋の中を確認する。

天井には小さいがやはり防犯カメラが数台、そして奥には宏弥が入ってきたのとは違うドアがある。

本来学長室は建物の奥。
廊下も学長室の前で終わっている。
だが構造的には学長室の奥に何か無いとおかしいのはわかっていた。

おどろくほどの隠し部屋。
そしてこの部屋には違うルートから行き来できるのだろう、他の誰にも見られずに。

宏弥はこれから起きる事への興奮が身体の中を駆け巡っている。
それを落ち着かせるように目を瞑っていると、ドアの開く音に目を開けそちらに顔を向けた。

入ってきたのは学長とその息子である隆智。二人ともスーツ姿。
それを見ても宏弥は特に表情を変えない。
隆智がドアを閉め、真ん中にある高級な椅子を挟むように上座に隆士郎、その反対を隆智が座った。

「ご足労頂き感謝する、朝日奈先生」

いつも通りの穏やかな顔で隆士郎は宏弥に声をかけた。

「まぁ予想はしていただろうが我々から改めて自己紹介を。
私は守護代を務めている。宵闇師をとりまとめる立場、そして姫を補佐する者達をとりまとめる立場でもある。

息子は守護代筆頭。守護者、姫を公私ともに支える者達を言うが、その者達のとりまとめる二番手だが、実質的には私は他の仕事に忙しいので守護者のとりまとめは隆智がしている。

言葉は、もちろんおわかりだね?」

ゆっくりと話した隆士郎の言葉を聞きながら、宏弥はまだ現実感が湧いていなかった。

彼らは姫と呼んだ。闇夜姫の事だ。
守護者も、守護代も、当然宵闇師も何か知っている。
それだけの知識をかき集めた。
そこまで知っている前提で隆士郎が話しているところを見ると、書庫でどこまで知識を手に入れているかしっかりと把握しているのだろう。

隆智はほぼ正面に座る宏弥の表情を見ていた。
守護代が話すことを聞いても軽く頷く程度で何も驚いてはいない。
おそらく自分たちが関係者であることは想定済みだったのだろう。
今日の呼び出しを聞かされた日から様子を見ていても、驚くほどに宏弥は変わらなかった。
実家に戻される世依を気遣っているのか、戻ったら三人で食事に行きましょうかと提案し、世依は喜んでいた。

三人で。
宏弥はどこまでわかった上で言ったのだろう。
ただここ数ヶ月過ごして、やはりこの男は自分たちを不器用なりに大切にしているのだと思った。
だからこそ思う。

裏切らないでくれ、と。