闇夜姫に恋を囁く


「なるほど、世依さんは鋭いですね」

ん?と世依は返す。

「初恋か、そもそも恋かどうかはわかりませんが、ずっと僕の心を占めてしまったのは間違いありません。
他の女性と付き合っても優先すべきは闇夜姫でしたから」

そう話す宏弥は淡い笑みを浮かべていて、世依はそれに見とれてしまっていた。

だけどその言葉は世依の心に影を落とす。
彼はきっと研究対象としての闇夜姫を追い求めているときが楽しいのだ。

もしも、その当人と出逢ったなら彼は理想と違うと悲しまないだろうか。
もしかしてもう研究しなくて良いと、他に気持ちが移らないだろうか。

それが不安になってしまう。

「ねぇ、もしも、もしも闇夜姫に出逢えたら何がしたい?何を聞きたい?」

思わずそんなことを口走ってしまった。

わかっている、今までと変わらないと言って欲しいのだ。
幻滅したりしない、この後も一番は闇夜姫を知りたいのだと彼の口から聞きたい。

宏弥はその質問に一瞬食い入るようにその目を見つめてしまった。
もしかして彼女が、という重いがまた脳裏を過る。

だが以前もそのような話を振ってきて、西園寺彩也乃の存在を認識した。
あの時は今もいるだろうと考えるのに特に違和感を感じなかったが、今は感じてしまう。
何か、深い意味があるのだろうかと。

宏弥は顎に手を当て、目を伏せる。
そして目を開けて世依を見据えた。

「握手、ですかね」

「握手?」

身構えていた世依は肩透かしにあって間の抜けた声で聞き返した。

「握手?そこは質問したいんじゃないの?」

宏弥は軽く笑ってハーブティーを飲む。

「きっと僕は警戒されているでしょう。
だから、僕は貴女の敵にはならない、それを形で示そうかと。
いや、初めて会った男に握手求められるのは気持ち悪いでしょうか」

段々と難しそうな顔になっていく宏弥を見て、世依は声を上げて笑い出した。

彼は彼なりにわかっている。
その時が来たらわからないけれど。

世依はマグカップを持ちソファーから立ち上がった。
宏弥は顔を上げる。

「握手はどうなの?相手はお姫様なんでしょ?
ここはお姫様に忠誠を誓う騎士のように、手の甲にキスってのは?」

楽しげに世依が提案してきた。面白がっているという顔。
それを見て自然と肩の力が抜けた。宏弥も何故か緊張していたようだ。

「その方が警戒されませんか?
あぁいうのは海外でのお話ですし、僕がするのは似合わないかと」

楽しげに返してきた宏弥に、世依は笑顔。
部屋の空気は既にいつも通りだ。

「大丈夫。その顔出してやればなんとかなるって!」

「そういう問題でしょうか」

世依はキッチンに行きマグカップをシンクに置く。
そして部屋を出るときに、

「後で全部私が洗うから宏弥さんの含めて置いておいて。
今日は一杯話せて楽しかった。
今度は宏弥さんお勧めの食事するとこ連れてってね。
じゃ、部屋に戻る」

バイバイと手を振り、世依は笑顔で部屋を出て行った。
宏弥も釣られたように手を振ってしまい、自分の手を見て苦笑いを浮かべる。

既にこの部屋のテレビは消され、二階のドアが閉まる音が聞こえた。

「違う。彼女じゃない」

宏弥も立ち上がり、ピンク色のマグカップの横に自分のマグカップを置くと部屋を出て行った。