「祖母からです。
祖母の母が命を落としそうな病に伏せっていたのを闇夜姫が助けてくれたのだと聞きました」

「なんでそれだけで研究しようだなんて思ったの?
確か宏弥さんしか研究してる学者いないんでしょ?」

「今日は質問が沢山ですね」

優しげに微笑む宏弥だが、世依は無意識に質問攻めにしていたことに気がついた。

知りたいと思ってしまう。
彼は何故恋がわからないなんて言って終わらせるのか。
そういうことは突き放すのに、闇夜姫だけは追い求めるのか。

この気持ちは花崎世依の気持ち。
そう自分にい言い聞かせた。

「聞きたいの。嫌なら言わなくて良いから」

「嫌ではないですよ。
後で隆智くんにおかしなことを吹き込んだって怒られそうですが」

「大丈夫。
なかなか宏弥さんとこうやって二人で話す機会無いし、闇夜姫の事は気になってたから教えて」

好奇心旺盛の目ではなく、何か縋るような目に思えて、宏弥にはその理由がわからない。

確かに二人で家にいることがあっても、宏弥は仕事で自室に籠もることも多い。
今日は隆智から遅くなるから世依を頼むと言われている分、それまで彼女の話し相手になっているべきだろう。

宏弥はテーブルの置いていたマグカップを手に取る。
既に冷えたハーブティーを飲んで喉を落ち着かせた。

「闇夜姫に興味を持ったのは祖母の話が発端です。
祖母の闇夜姫に対する認識は、大いなる母、優しい母、というような感じだったと思います。
そのせいか、母親というものを知らなかった僕にとって、闇夜姫は理想の母のようなイメージがついたかもしれません」

世依は黙って宏弥の顔を見ている。
初めて聞く話し、それも守護代からは聞いていない話しだ。

世依の心の中で、世依としての気持ちと、闇夜姫としての気持ちがせめぎ合う。
このまま聞いて良いのか、その答えは出せないまま話は続く。

「大学で国文学を専攻し、今の恩師と知り合いました。
恩師は鎌倉時代などの書物に詳しい方でしたが、連れて行ってもらった学会で斎王の研究者の発表があったんです。
そこに闇夜姫という言葉が出てきました。

その時の驚きは今も覚えています。
そしてその後自分なりに調べて少しずつわかってきたのは、斎王と同じように時の天皇に自由を奪われた女性だったのだという事。

斎王の方がまだお飾りとしていた分、自由が効くこともありました。
ですが闇夜姫は違う。
あの時代の祟りや災いを収めるために必要な存在。
宵闇師という彼女を敬う者達がいても、その心は満たされていたのだろうか。

そう思うと、もっと闇夜姫を知って彼女たちの思いを後生に伝えたいと思うようになったんです」

最後宏弥は穏やかな目で世依に語りかけた。

そんな宏弥をただ真っ直ぐに世依は受け止めながら、心の中が揺さぶられている。

彼は闇夜姫を最初は理想の母親像としていたのだろう。
それが一人の女性として認識し、彼女の寂しさに気付こうとしてくれた。

『だから、私はこの人が怖いと思わないのだろうか』

守護代に同居の話を言われたとき、彼なら大丈夫だと言われていても世依は従うしかなかった。
育ての親の家から出させて貰う以上、我が侭は言えない。
だからそれを気取られないために、楽しみだと笑って伝えた。

だが初めて会った宏弥の顔は隠れていてよくわからないのに、世依は何故か恐怖心も不信感も抱かなかった。
むしろ彼を知りたい、という感情が湧いて世依はそれがワクワクしてしまった。
何かが変わるかも知れない、そんな予感を抱いていたのかもしれない。

闇夜姫である自分は心の奥底でいつも思っている。

『誰か、私を見つけて』と。

「たいした話ではなかったでしょう?」

俯いて黙り込んでいる世依に、宏弥が声をかけると世依はそのまま首を振る。

「宏弥さんにとって闇夜姫は初恋の人かもしれないねぇ、そんなに執着するんなら」

その言葉を聞いた宏弥の目に浮かんだ衝撃の色を、世依は気付かなかった。

世依からすると闇夜姫を宵闇師達が望むような何事も許す母のような存在より、一人の女の子であることを彼にしっかりわかって欲しかっただけ。
そのわかって欲しいという感情はどこからきているのか、世依もまだ理解できてはいなかった。