「世依さんがさっき恋愛に憧れると言いましたよね。
ドキドキするのは好きな異性に対してと言うことでしょうが、僕は一度もそうなったことが無いんです」

世依の握っていたクッションが、ボスンと床に落ちる。
そんなことを気にせず、前のめりになって世依は戸惑った表情をした。

「ドキドキしないで交際したの?!」

「はい。交際は全て女性からで、お断りも全て女性からです。
そもそも交際を申し込まれたときに、恐らく好きになる事は無いとお伝えした上で交際しているので」

淡々と整った顔で話す宏弥とは対照的に、青ざめたような顔で世依の口が開いたまま。

「いや、でも、その、交際してるから、ほら、大人なこともするんでしょ?」

急に恥ずかしそうに目を泳がせながら話した内容に最初宏弥は理解できなかったが、あぁ、と気が付いた。

「そういうのはまた別問題なんですよ」

「別問題なの?!」

衝撃の事実を知らされ、世依は思い切り驚いた声を出した。

さっきから宏弥からするとあまり話したくない内容なのだが、世依が百面相しながら聞いているのは見ていて楽しいと感じていた。
おそらく自分の印象はどんどん悪くなっているだろうという認識もあるが。

「・・・・・・そっか、男子の世界は謎だね」

やはりサンプル数が宏弥のみということで、男性の世界は宏弥の考え方なのだろうと間違った知識を与えてしまった。

「世依さん、僕の話しだけ聞いて男子全てがそうなのだと思わないで下さいね。
僕だけが特殊なんです。その理由は何となくわかっているんですが」

「理由って?」

このままだと彼女が異性に対し変な偏見を持って仕舞いかねない。
話し出してしまった以上、嫌われる覚悟はして全て話そうと宏弥は腹をくくった。

「以前話しましたよね、僕の両親の事情は」

世依は真面目な表情で頷く。

「僕は母親の顔を覚えていません。
祖母が死ぬ前に両親の写真を渡されたのですが、そういう品は全てトランクルームに預けて一切見ていません。
恐らく恋愛をして子をなしたであろうはずなのに、母親は子供を残して消え、父親は実の親に預けて国外へ。

ようは、恋愛はまやかし、興奮剤の一種のような認識なんです。
本当は世依さんの思うような純粋な恋をする人達がほとんどなのでしょう。
ただ、僕はそれがわからない、それだけです」

リビングにはテレビのCMが騒がしい音でかかっている。
なのにここはとても静かに思えた。

講義で話し終わったと同じくらい宏弥の表情からは何も読み取れない。
悲しいのか、腹が立つのか、そんなことを一つも感じ取れないことが、世依にはたまらない気持ちにさせる。

「闇夜姫ってどこで知ったの?」

話題が変わり、宏弥は薄く笑う。
世依なりに考えてのことだろう。
そう言えば学長には話したが、闇夜姫をどう知ったかを世依はしならなかった。