つけっぱなしのテレビから、好きだ!という男の声が流れ、世依がバッと顔をテレビに向けた。
「やっと告った!!」
「もしかして見てたんですか、そのテレビ」
世依は握った両手を胸に当て、こくこくと頷く。
「今人気の恋愛ドラマでね、毎週楽しみにしてるんだ。
ちなみに録画してるから大丈夫。
このドラマ、二人は幼なじみでお互いを好きなんだけどずっと言えないの。
彼の家柄が良くて、普通の家の女の子との恋愛を周囲は許してくれない。
それがやっと今日彼から告白したんだよ!
ネットはお祭り状態だろうなぁ、ずっとハラハラして見ていたから」
熱っぽく語るその姿はどこにでもいる女子大生そのもの。
やはり闇夜姫と結びつけるのは無理があるような気がしてきた。
「世依さんって恋人はいないんですか?」
何気なく質問した言葉に、世依は手を握ったまま表情が固まってしまった。
流石に失礼な質問だったかと、謝罪しようとした。
「いるわけ無いよ、まともに恋したこともないもん」
俯いてしまった世依の表情は宏弥にはわからない。
だが何か酷くまずかったのだとわかり、失礼な質問でした、と謝罪する。
「ねぇ、宏弥さんは恋人今はいないみたいなこと言っていたけど、過去にはいたんでしょ」
俯いていた顔が宏弥の方を向き、悪戯な目をしている。
こちらが勝手に踏み込んでしまった以上、こちらも誠実に対応すべきだろう。
「えぇ、過去には」
「何人くらい?」
「数人、とだけ」
返答内容が面白くなかった世依は頬を膨らませる。
正直に、人数を覚えていませんなどと回答してはいけないことくらい流石の宏弥にもわかっていた。
それを聞いて、世依は近くの丸いクッションを引っ張ってきて抱きしめる。
ふてくされたような態度の意味が宏弥にはわからない。
「良いなぁ、恋愛」
呟くような声で、世依の目はクッションを抱きしめたまま遠くを見ている。
向こうに見えるテレビの恋愛ドラマを見てはいない。
「憧れるんだ。
好きな人が出来て、ドキドキする学校生活送って、もしかしたら両思いになって彼氏が出来る、そんな恋愛をしてみたい」
「好きな人ぐらい世依さんの年齢なら何人もいておかしくないのでは?」
何人もって、と世依が笑う。
横にいる宏弥に、
「私、幼稚園は通ってないの。ずっと家。
小学校から大学まで全部女子のみ。
一緒に住んでいたおじさんと隆ちゃん以外の男子はまず会ったこと無いし、学校の先生とかくらいかな、でもみんなおじさんばっかだったと思う」
「女子校でも文化祭などでは男子も来るのでは?」
「私、不参加だったんだ。
というか、外部からよくわからない男子がいる場所には行けなくて」
変だよね、と笑うその表情にいつもの元気はない。
宏弥はそれを聞いて異常だと思った。
箱入り娘どころではない。
完全に同年齢や若い男との接触を周囲が避けるようにしたとしか考えられない。
幼い頃からとなれば学長の意思でそうなったのだろうが、その理由は何なのか。
普通なら彼女が異性に恐怖を覚えたことがあるので引き離した、というのが妥当な線だろう。
幼い頃の出来事で本人があまり覚えていないのなら、掘り起こすような事をしてはならない。
世依はまた正面を向くが、その目にはテレビは映っていないようだ。
「ねぇ、恋愛ってやっぱり楽しい?甘酸っぱい?
友達の恋バナはよく聞くけど、男性の話は聞かないから」
「隆智くんには?」
「隠れて彼女いたのは知ってるけど、一切話そうとしないしはぐらかされちゃう。
だから宏弥さんの聞きたい」
だからというのは何だろうかと思いながら、宏弥は答えるのに曖昧な表情をする。
本当のことを話すと、この夢を見ている彼女の気持ちを害さないだろうかと心配になってしまう。
滅多に聞かない異性の恋愛話を自分が担うことになって正直この場から離れたい。
「世依さんは素敵な恋愛を求めているんですよね。
そこに僕の話しはあまりに良くないのではと」
「ポイ捨てしてたの?」
「隆智くんがいたらもの凄く怒られていたと思いますよ、その言葉」
「いないから問題ないよ。で、どんな恋愛してきたの?」
さっきまでの影のある表情は消え、また興味津々な顔に宏弥は降参した。
「僕は、恋というのがわかりません」
世依の目が丸くなる。
短い言葉だったのに、どう取れば良いのか世依は困惑していた。
「わからない?彼女いたんだよね?」
「わからなくても別に交際は出来ますよ」
どんどん世依の眉間に皺が寄ってきて、自然と首が横に倒れている。
謎かけのような事なのだろうかと世依は困惑した。
それをわかって、宏弥は素直に話すことにした。