隆士郎は初めて置かれていた湯飲み茶碗の蓋を取り口に流すと、それで、と話を続ける。

「朝日奈くんの住まいだが、最初話していた教職員アパートが一杯でね。
それで代替案を用意した。
学園内の端に息子と娘同様に育てている子が住んでいる家がある。
部屋が空いているのでそこに住んではどうだろうか。

家賃は月二万。光熱費等込み。
元々息子が食事担当だからもし食べる際は時々費用を負担してもらえればそれで良いんだが、どうする?」

隆士郎は優しそうな顔で提案をしてきた。
言葉だけなら格段の配慮だろう。
そんな家賃で早稲田近辺、風呂無しで探したって見つからない。

だが一番は隆士郎の息子の家に同居を勧めたこと。
間違いなく側で監視したいのだろう、だがむしろ好都合かもしれない。
ただ宏弥には別の点が気になった。

「過分の配慮有り難い限りです。
ですが息子さんはわかるのですが、娘のように育てている子、というのは。
年頃のお嬢さんからすると見知らぬ男が同居というのはお嫌なのでは」

隆士郎が淡々と聞いた宏弥に、軽く笑う。

「遠縁の娘さんでね、両親を幼い頃に亡くして私達夫婦が引き取り育てている。
今度ここの附属高校を卒業してこの大学に進学するんだ。それも国文学科に。
卒業を機に私達夫婦の家ではなく、この大学の敷地の一軒家に住んでいる息子と一緒に住むことになったんだ。

明るくて活発な子で人見知りもしないし、もしもということで先に事情を話して子供達からは了承を得ている。
世依、あぁ娘の名だが、君が来るのを楽しみにしているようだよ」

まさか今度ここに進学する年齢の娘がいたとは。
それも自分が教えることになるであろう国文学科を専攻すると聞かされて、ここまで色々揃っているとどこまで仕組まれているのか何とも言えない。

だがこれを受けないはずは無いと学長は思っているだろうし、こちらにとっても断る理由は無かった。

「同居の件を含め、どうぞご指導のほどお願いいたします」

宏弥は頭を深く下げ、そのまま同居予定の家に連れて行かれると、初めて宏弥は世依と隆智に出会った。

見た目だけでもさぞモテるであろう学長の息子と、その息子の腕に腕を絡ませ仲よさそうに出てきたのは世依。
まだ高校生だけあってあどけない顔だが、黒目のくりくりとした表情の良く変わる明るい少女に思えた。

宏弥が改めて同居して良いのか世依に問えば、ずっと女子校育ちでなかなか男性と話す機会が無いから楽しみだった、それにお兄さんは人畜無害そうと元気に言われて、不思議とこの少女とは上手くやって行けそうに思えた。
横で恨めしそうに自分を睨む隆智から歓迎されていないのはしっかりとわかったが。