隆智が仕事にしているのはサイバーセキュリティの分野。
表としては警察などと連携し、SNSやネットでの投稿で危険な発言、行為を誘発しているのを探し出して通報、それによる投稿者の特定、削除などを行う。

裏ではそういう能力を生かし、全国で起きる魔が引き起こそうな情報の収集、防犯カメラのハッキングなどで宵闇師が動くために動いている。
今回も画像などの情報収集は隆智が担当した。

だからこそある意味で隆智は宏弥を信用している部分がある。
一緒に住み、世依や自分を不器用なりに大切にしようとしているのもわかる。
情が湧いたと言えば嘘じゃない。

だが世依が闇夜姫と知った途端、宏弥の目には世依は闇夜姫という研究対象にしか映らないのではないだろうか。
そうなれば、あれだけ珍しく懐いている世依が、そして闇夜姫は酷く傷つくだろう。
そんな事だけはしたくはない。

皆、黙り込んでいるのを見て鹿島が、

「いい加減こちらも腹をくくるときではないですか?」

周囲が表情を引き締めている鹿島に視線を向ける。

「佐東が朝日奈助教を利用する為、再度接触してくる可能性が無いとは言い切れません。
その前に闇夜姫と我々に会ってもらい、現代で何をしているのか、そして闇夜姫を傷つけないで欲しいと説得する必要があると私は思います」

「その場合に会わせる闇夜姫は西園寺さんになるんだろう?」

後藤の言葉に鹿島が頷く。
鹿島の横に座る彩也乃もわかっているように頷いた。

「まだ世依さんを出すのは早いでしょう。
以前言ったとおり朝日奈助教は私に会っても闇夜姫では無いと疑う可能性は高いです。
ですが、我々が宵闇師であり闇夜姫を大切に思う気持ちは理解してくれるはず。
だからこそ影武者なのだということを彼は受け入れるんじゃ無いのかと思います」

彩也乃が淡々と言う。
これは彼や、そして彼女をずっと見ていて出ていた答えだ。
それに彼女に傷ついて欲しくない、それはここにいる誰もが共通して持っている思いでもあるとわかっていた。

再度静かになった部屋で、隆士郎が隆智に意見を求めた。

「お前は朝日奈助教と住んでいてどう判断する?」

「それは守護者筆頭としてですか、それとも俺個人としてですか」

「どちらでも構わないさ」

柔らかい表情で実の息子に尋ねると、隆智はわかりやすいほどに大きな息を吐く。

「結論から言えば彩也乃と同意見です。
彼はこういう事に関して勘が良い。
影武者に会わせてもこちらの意図も理解するでしょう。

個人的には世依にまだこの状況を知らせたくはない。
既に皆が知っているように、あの祭りであの人は世依を庇った。
俺には何かあれば全力で逃げるだなんて言っておいて、世依を身体で守り力でその場を制した。
護衛のためにいた守護者達が助けに入る必要も無いほど圧倒的だったと報告を受けている。

そのせいもあってか、世依はわかりやすいほどあの人に懐いてると思う。
俺以外に若い男は警戒していたのに、考えてみれば最初からあの人に世依はあまり警戒していなかった。

それに宏弥さんも世依を随分と構うようになって表情も穏やかになったと思う。
そういう雰囲気を、壊したくはない」

最後は寂しそうにも聞こえる声で隆智は俯いた。
鹿島と彩也乃は顔を見合わせて肩を上下する。

「もしかして世依さん、初めて恋をしているのかも知れないですね」

俯いていた隆智が顔を上げ、彩也乃をじろりと見る。
だがそんな隆智の反応など放置し追い打ちをかける。

「隆智さんだってわかっているのでしょう?
だから少しだけでも夢を見せてあげたいと思っているくせに」

言葉に詰まる隆智に鹿島が優しい目をした。

「辛い立場ね、隆智君は。

だけどもし世依さんが朝日奈助教に好意を持っているのだとしても、きっと彼女は自分の立場を考えその思いを打ち明けることはないでしょう。

ですが彼の方から動く可能性は?
同居もしているんですし、危険性があるのなら早めに引き離すべきでは」

「その危険性はない、と思う」

隆智は視線を下げつつ、慎重に話す。

「恐らく宏弥さんは世依を妹のように思っている感じだ。
世依は子供のように純粋で宏弥さんを慕っているのがわかる。
それをあの人も理解していると思う」

「ならそれが家族愛というものではなく、一人の女性として見ているんだと自覚したなら話は変わってくるね」

後藤の指摘に隆智もわかっている為何も言わない。
後藤も悪気はないがそこまで宏弥を知らない分慎重に考える。

「女性陣と同じように、姫に少しでも女の子らしい楽しみを味会わせたいというのは皆一緒の考えだろう。
だが、それは時に残酷にはならないのかな」

「どちらにしろ姫は自分の気持ちを打ち明けることすら出来ないんですよ?
少しくらいドキドキして学校生活に彩りを加えるくらい良いじゃありませんか」

彩也乃が美しい顔で目一杯後藤を睨むので、後藤は両手を挙げて降参ポーズを取りながら謝罪する。

そんな各自のやりとりを聞いていた隆士郎が口を開いた。

「まずはまとめよう」

全員が守護代に向かい真剣な表情になる。

「佐東の監視は続行、そして大学にいると思われる佐東の仲間の洗い出し、情報収集、これらは引き続き各自の任務を続行。

そして近々朝日奈助教に闇夜姫の影武者に会わせ、彼へ佐藤達への注意喚起、そして我らの目的を話す。

最後に闇夜姫、いや世依と朝日奈助教の同居だが、それは維持しよう。
正直、あの二人が各々今までと異なる感情を持ちだしていることを嬉しく思っているんだ。
自分で何とも身勝手で残酷なことを言っているのかは、わかっているけれどね」

皮肉めいた笑みで隆士郎は話、皆それを聞いて複雑な表情になる。

皆わかっているのだ。
所詮自分たちの自己満足、罪悪感を減らすために二人を引き離さない事は。

「それで構わないだろうか。意見のある者は挙手を」

隆士郎の言葉を聞いて、誰も手を上げる者はいない。

「なら、皆、よろしく頼む。
・・・・・・我らが闇夜姫のために」