手を下ろし、振り返ろうとすると背中の服がぎゅっと握られる。
その手が震えていることが背中から伝わってきた。
「怪我、無い?」
少し震えている世依の声。
怖かったはずなのにそれを言わず自分の心配をしてきた事に宏弥は苦笑いをしてしまう。
「大丈夫です。それより」
「あの子は?」
「テントを探している前に家族と出会えました。お母さんはとても感謝されていましたよ」
「そか、良かった」
宏弥は振り返らずに世依の質問に答える。
彼女の声も身体も震えていることに、宏弥は自分が彼女から離れたことをとても後悔していた。
タイミングよく登場などではない、既に彼女は怖い思いをして一人立ち向かっていた。
彼女に配慮したつもりが裏目に出て、もっと後悔をする事になっていたらと思うと宏弥の胸がゾクリとする。
「世依さん、一人にしてすみませんでした。もう一人にはしませんから」
少しだけ振り返ろうとすると、宏弥の背中に世依はおでこを当てる。
ふらついたのだろうかと心配になるが世依は、
「わかってる。私を気遣ってくれたことは。それにちゃんと助けてくれた」
「ですが」
「あと、もう一人にはしないなんて言葉、簡単に言わないで」
その声は小さいのに痛みを混ぜたような声に聞こえた。
周囲は未だ騒がしくさっきの騒動も見て見ぬ振りをした人々がいなくなって、誰も宏弥やその背中に隠れるようにいる世依に気付いていないように、二人の場所だけ酷く静かな気がした。
宏弥は世依の言葉を聞き、どう言う意味なのか考えていた。
恐らく彼女の境遇や隆智からの話しを聞いて彼女の家庭環境なのだろう。
自分では良かれと言った言葉が、怖い思いをして心の弱っている彼女には突き刺さってしまったのかもしれない。
考えあぐねて再度宏弥が謝罪しようとしたら、トン、と背中が押された。
押されても宏弥はびくともしないが世依が離れたことがわかり振り返る。
そこにはいつも通りの顔で笑う世依がいた。
「ねぇ、あの男を腕一本で止めたよね。拳も止めたし!
なんか武道でもやってたの?」
ごく普通の、いつもと同じ世依の顔と声。
あっという間に切り替えた、いや心を遮断したのかも知れない。
恐らくさっきの言葉は宏弥が初めて聞いた世依の本当の言葉なのだろう。
それをすぐに隠されてしまったことが宏弥には残念に感じてしまった。
だが今は彼女の空元気に合わせるべきだろう。
「空手を少し。
大学生時代闇夜姫の資料を探し回っていたときに、泊めて頂いた大きなそのお家に盗みに入ってきた男と鉢合わせしたんですよ。
そしたらまさかの包丁を突き出されたのでとりあえず殴りました。
あの時は少しでも空手をやってて良かったと思いましたね」
「ほんとに少しなの?空手習ってたのは」
引いたような顔をした世依に宏弥は手を伸ばし頭を撫でる。
それに世依は複雑そうな顔になった。
「子供だと思ってるでしょ」
「そんなことは。何故でしょう撫でたくなるんですよね世依さんの頭は。
嫌ですか?」
「嫌じゃ、無いけど」
ふい、と顔を背けた世依に宏弥は笑う。
「大分時間が遅くなりました。帰りましょう」
肘を曲げて世依の方に出せば、世依は手を伸ばしかけてその手を下ろす。
安心したせいか、鼻緒ですり切れた足の痛みがジンジンと襲ってきてしまった。
「えっと、先に帰ってくれない?」
取って付けたような笑顔の世依に、突然一人で帰れと言われ宏弥は内心首をかしげる。
自分は人を見ているようで肝心なところに気づけない。
今回も何を見落としているのだろうと上から下まで世依を見ていると、世依が気づかれたのかと足を隠すように身体をねじった。