見下ろすと金魚柄の浴衣を着た小さな女の子が世依の足に抱きついていた。
そしてその子供が顔を上げると、ママじゃ無い、と呟きそのまま声を上げて泣き出した。

「どうしたの?ママとはぐれちゃった?」

すぐに世依はしゃがんで顔を覆って泣く子供に優しく声をかける。
だがママー!と繰り返すだけで、世依の言葉が子供には届いていないようだ。

「周囲が五月蠅いですからね。
こんなに泣いてても親御さんにはなかなか聞こえなくて気付かないのかも知れません」

宏弥は周囲を注意深く見回すが、誰かを探しているような人は見当たらない。

「近くに確かお祭り主催してるところのテントがあったはずだから、この子を連れてってくる」

世依が立ち上がり宏弥に言うと、女の子を安心させるように世依が笑顔で大丈夫だよと子供に声をかける。
宏弥は、

「そのテントはどこに?」

「実はあるなって認識してただけで詳しい場所は覚えてないんだ。
多分神社を降りて周辺にあるとは思うんだけど」

境内の中にテントはあるものの、盆踊り会場を取り仕切るのに走り回っていているのか誰もいない。
行ってくるからここにいてねと言って歩き出しかけた世依を、宏弥が軽く肩を掴んで止めた。

「僕が行きます。あの人混みの石段を浴衣姿で子供と一緒では危ない。
とりあえずこの境内のどこかにいてくれますか?
すぐに戻りますから間違えても知らない人に付いていかないように。
良いですね?」

きょとんとした世依は行くわけ無いでしょ!と怒るその姿を見て宏弥は口元を緩め、その足下にいる子供にしゃがんでいくつか質問をしてみた。
確認できたのは自分の名前と親の名前。
祭りへ一緒に来たのは母と兄の三人のようだ。

「高い高いは好き?」

グズグズと泣いていた子供がじーっと宏弥の顔を見ていたが、こくりと頷く。
世依はいつもの顔を隠してて危なそうな宏弥では無いものの、無表情で抑揚の無い声を子供が怖がるのではと不安になっていたが、思ったよりも子供は宏弥を嫌がっていない。

「じゃぁ高い高いしようか。君は上からママとお兄ちゃんを探してね」

良いかい?と宏弥が声をかけて子供の身体を持つと、一気に肩に乗せた。
子供は怖がるかと思いきや、泣いていた顔は一気に引っ込み大喜びしている。

「では行ってきます。僕も必ず連絡しますが何かあればすぐに連絡を下さい」

「うん。気をつけてね」

子供を肩車して宏弥は石段を降りていった。
それを見送って世依は人の多い場所から端の方に移動する。
一陽来復御守が頒布されるときなどに開く建物近くに行くと人もまばらで世依はホッとした。

持ってきた四角い形の巾着を開け、中からスマホを取り出す。
たったさっき別れたばかりだから連絡がすぐ来るわけは無いけれど持っておこうと世依はそれを手に持った。

大きな太鼓の音に音楽。賑わう人の声。
世依のいる場所は薄暗く、明るい世界と隔絶された場所にいるようだ。

今世依は一人になっているが、隆智が誰か守護者を手配しているのは言われなくてもわかっている。
姿は確認できないが、自分が遊ぶためにその守護者の時間を拘束しているのだと思うとなんとも言えない気持ちになった。

世依の目線の先では何組ものカップルが通り過ぎる。それも同じような年代ばかり。

恋がしたい。みんながするような普通の恋が。

だけれど闇夜姫である以上はそれが出来ない。
正しくは誰かを好きになる事自体に問題は無いが、それを相手に打ち明けることは出来ない。
もし打ち明けて両思いだった場合、通常恋人達が進むであろう事を世依には出来ないからだ。

純潔では無くなる、その場合闇夜姫として魔や穢れを祓う力、宵闇師達に渡す力は消えるとされている。
だがそれは全て口伝のみ。書物で残ってはいない。

はぁ、と知らずにため息を世依はついていた。
手に持っているスマホを見ても特に着信は無い。
彼ならきちんと子供を届けているだろう。
自分を気遣ってくれたのは嬉しかったのに、こうやって残されるのは寂しい。
近くに守護者がいても、やはり世依の心の奥にある寂しさを感じて目を伏せた。