「ここの階段を上がるんで良いんですよね」
「う、うん」
腕を外されしょげそうになった途端肩に手を置かれて引き寄せられ、世依は目を丸くして宏弥を見上げる。
だが本人は特に何も考えていないのか、ごく普通に話していて世依は自分が宏弥の一挙手一投足に翻弄されているようで段々腹立たしくなっていた。
「かき氷食べたい、あのおっきいやつ」
ふてくされ気味に『一番大きなかき氷』という幟をはためかせた露店に指を指す。
「隆智くんから世依さんはお腹を壊しやすいので小さいサイズのものをと」
えー!と不満たっぷりに言われ宏弥は苦笑する。
と同時に宏弥とそして少し後に世依のスマホが震えた。
二人は人混みから少し外れた場所に行きスマホを確認すれば、どちらにも隆智からの注意文やお小言だった。
世依はそれを見てがっくりと首を倒した後、
「とにかくお腹減ったからお好み焼きかたこ焼き食べようよ」
「そうですね」
とりあえずかき氷を止めて晩ご飯の代わりになりそうな物を提案され、宏弥は未だ不満げな顔をしている世依と再度人混みの中へと向かった。
第二の鳥居から急な石段を登り現れたのは朱色の大きな隨神門。
それをくぐった境内には櫓が組まれ、提灯がぐるりと吊されている。
櫓の太鼓と音楽に合わせてその周囲を人々が輪になり踊っていた。
そこにいるのは大学の留学生らしきグループに、カラフルな浴衣を着た子供、踊ることに慣れている女性達など様々な人々。
騒がしさとそこからくる楽しさが、ここにいる人々の笑顔からも十分に伝わる。
「思ったよりいますね、うちの学生」
宏弥はそう言って、世依から半分渡されたたこ焼きを口に入れる。
ちなみに世依が手に持っているプラスチックのケースには、宏弥から交換して貰った焼きそばが入っていた。
「学生の顔を覚えてるんだね。学生なんて興味無いのかと思ってた」
「きちんと講義に出ている学生の顔は覚えていますよ。さすがに名前はわかりませんが」
「課題も教務課に提出か直接メールだから名前確認する方法無いもんね」
「別にその必要も無いですから」
冷たいなぁと世依が言っても宏弥は特に何も気にしていない。
宏弥は世依と会話をしながらも盆踊りを眺めていた。
祖母に連れられ小さい頃祭りに行き、あまり表情は無くても内心は楽しいと子供らしい事を言ってみていたがおそらく祖母は演技だと見抜いていただろう。
楽しげな祭りを見ながらも何か感傷に浸っているような宏弥を見て、世依も自分の事を考えていた。
自分には自由があるようで、無い。
特にこういう場所は子供の頃なら家族で、ある程度になれば友人と来たりもしたがその時も守護者が護衛として控えていた。
だが隆智と行けば遥かに気にせずに楽しめる。
それがこういう結果になり、世依としては宏弥がどんな思いでここにいるのか気になってしまう。
「また何か考えているけど闇夜姫の事でも考えているの?」
全く考えていなかった宏弥は少し目を開け、そして笑った。
「言われるまで忘れていました。
それにしてもさっきから闇夜姫の事ばかり言いますね。
言ったでしょう?今は目の前の姫の事だけだと」
その笑顔はとても子供っぽくて、世依はその笑顔を向けられて言いようのない恥ずかしさに襲われる。
何で忘れていたの?本当はいつも考えてるんでしょ、と世依が口を開こうとしたとき、世依の足に何かがぶつかった。