世依と隆智に指摘された。
この頃は随分表情が出てきたね、と。
世依はそれを嬉しいと満遍の笑みで言い、隆智はわかりやすくて助かると言う。
前髪と眼鏡で顔を隠す前から表情の無い子だと言われていた。
恐らく母親が蒸発した時当たりから、感情という物を外に出すことは極端に減ったような気がする。
大人びているねと子供ながらに周囲から言われていたが、それは褒め言葉では無かった。
祖母はそうなっている宏弥に対して罪悪感を持つと共に、自分の息子に心底腹を立てていた。
実の子にこんな顔をさせるような親になるなんてと。
そしてそんな親を作ったのは私の責任でもあると祖母は自分も責めていた。
だからこそ自分は真面目に生きるしか無かったのかもしれない。
交際相手にも、貴方は何を考えているのかわからないと言われ、私の事なんて本当は好きじゃ無いでしょうと何度言われただろうか。
全てその通りで、自分は彼女たちに恋愛感情なるモノを抱いてはいなかった。
言い寄ってきてたのは全て女性から。
なので単に付き合えばどうなるのか試したいという知的好奇心と性的欲求の解消、そして少しだけ自分が『あれへの』執着から逃れて普通の人間になれるのではと期待していたことは否定しない。
そしてこの歳になり、敵の本拠地かただの罠かわからない蓮華学院女子大学に雇われればまさかの同居を勧められ、それすら情報収集を思えば別に構わないと思っていた。
そんな打算だらけの行動だったはずが、それにより自分が変わっていっているのを自覚する。
五月蠅いと思っていた人の声と存在が落ち着く。
一緒に住む人の嗜好を知りたいと思うようになった。
困っているなら力になりたいと思うし、寂しげな相手には笑顔になって欲しいと思う。
今までの自分からすれば全て面倒だと思う事。
それが苦では無い。
きっとそれは迎えてくれた隆智と世依のおかげだで彼らだからこそ。
そんな相手と同居という形で出会えるとは思わなかった。
「もしかしてやっぱりつまらない?人混み嫌なら帰ろうか?」
ずっと黙っていた宏弥に世依が心配そうに声をかける。
髪を一つにまとめ、ちりめん出来た桃色の花飾りをつけている世依の頭を宏弥は軽く触った。
「いえ、考え事をしていただけです」
「どんな?」
「自分がこういう祭りに来ていることが不思議だなと」
賑やかな人通りを見ているようで何も見ていないような宏弥の目に、世依は宏弥の腕に自分の腕を絡ませた。
内心驚いた宏弥が世依に視線を落とすと、思い切り笑顔を見せる。
「良かった。また例の女性の事でも考えてるのかと」
「例の女性?」
「闇夜姫」
宏弥が目を少し開けて軽く笑う。
「今はこちらの姫のことしか考えていませんよ」
柔らかい声に世依の心がぎゅっとなった。
何の意味も無く言った言葉だろう。
だけどもしかして自分の裏の顔がバレているのだろうか、というのが過って世依はそれが恐ろしく思えた。
今の自分は闇夜姫ではなく花崎世依。
だから今は世依の感情で動いて構わない。
なのに闇夜姫である自分が、『闇夜姫である私』に気付いて欲しいと囁く。
そして世依である自分が、『闇夜姫である私』に気付いて欲しくないと囁く。
どっちの自分も私。
二律背反の感情が世依の心をゆっくりと苦しめていることを、まだ世依自身はっきりと自覚できてはいなかった。
宏弥は世依が腕を絡ませてきたのを外すこと無く、そのまま穴八幡宮の正面参道鳥居の前まで来た。
元々広くない歩道に多くの露店、そして人。
世依がすれ違った人達と肩がぶつかる度後ろに引っ張られる姿を見かねた宏弥は世依の手を腕から放し、すぐに世依の左肩を包むように手を乗せた。