大学の敷地を裏から出て少し小道を進むと大きな通りに出る。
ここは副都心線西早稲田駅方面から、東西線早稲田駅の方に抜ける道路。
その歩道には既に老若男女がいつもとは比べようも無いほどにひしめいていた。
穴八幡宮の隣には『放生寺』という高野山真言宗の寺がある。
境内には修業時代のお大師の像があり、その周囲の敷石の下には四国八十八カ所霊場全ての寺の砂が敷いてあって、その場所を巡ると四国八十八カ所をお参りすると同じ功徳を得られるとされている。
元々は穴八幡宮の別当寺、ようは神社の境内に一緒にあった寺で、明治時代の神仏分離令によって別々となった。
穴八幡宮も放生寺も早稲田駅より小高い丘にある為、穴八幡宮には階段、放生寺は上り坂がある。
そこには露店が連なり、赤色、黄色、桃色など色とりどりの横断幕を煌びやかに輝かせている。
肉の焼ける匂いやソースの香りが道を歩く人々の食欲を刺激し、玩具を販売する店には子供とそれをねだられ嬉しそうに困っている大人達。
そんな中、世依は周囲から向けられる視線にうんざりして不満を口にした。
「すんごい見られてる」
「どうしました?」
上から抑揚の無い声で宏弥が質問すれば、世依は周囲の視線!と小声で言う。
「女の子達、かなりの人が宏弥さん見てるんだけど」
「気のせいですよ」
「なんかどうでも良さそうだね」
「どうでも良いので」
まだ先ですか?と何もないように聞いてくる相手にため息をつく。
ちらりと世依が見上げるとそこには端正な顔。
いつも制服のように長袖の白シャツと落ち着いた色のパンツというのではなく、半袖のポロシャツにくるぶし丈のジーンズ。全体的にスポーティーなイメージだ。
滅多に出さない腕は逞しく、きっと根暗そうなあの朝日奈先生がこの体格とは思わないだろう。
見たことの無い服に世依がそれどうしたのと聞くと、お店のマネキンが来ていたのと同じ物を買ったと話して世依はぽかんとするしかなかった。
そもそも服に金をかけるくらいなら書籍につぎ込みたい宏弥としては、今回世依をエスコートするにあたりこの服を買った。
そうしなければ髪を上げて眼鏡を無くしても、いつも通りの服ならバレかねない。
「素性がバレないようにってその姿になってるのはわかるけど、むしろ注目浴びてるよね」
格好いい、あんな人とデートしたい、彼女が羨ましいという周囲の声をしっかりと世依は聞きながら、まんざらでも無い気持ちを隠して困ったように言う。
隆智もルックスが良いので二人で歩けばそれなりに羨望の視線を浴びるのだが、隆智以外と若い男性と二人で歩く経験が初めての世依としては別の物に感じていた。
「むしろそうなら僕があの根暗そうな教員と誰もわからないでしょう。
目立って学生と人の多い祭りに行くなんて普通は思わないでしょうから」
「根暗そうって自覚あったんだ」
「ずっと言われていましたよ。
ですが女性につきまとわれれないようにそうしているのでそれで良いんです」
あ、そう、と世依は呆れるように答えた。
でも以前聞いた話しからすればもしかして女性嫌いなのかも知れない。
「もしかして女性が嫌い?」
見上げて聞く世依に、宏弥は少しだけ口元を緩めた。
「それならあの大学に来たりしていません」
「女性好きなんだ」
「誤解を生みそうな発言ですが普通だと思います」
「部屋にエロ本とかあるの?」
興味津々の顔で言われて思わず宏弥は噴き出す。
「ご期待に添えなくてすみません」
「なぁんだ。いや嘘の可能性も」
「僕がいないときに家捜ししても無駄ですよ」
「わかった!教員棟の個室だ!」
「そういう場所に使っているという教員がいるという噂を耳にしましたが僕は該当しませんね」
さっきまで探偵のように口元に手を添え色々な事を考えていた世依が、つまんない、と口を尖らせる。
それを見て宏弥は目を細めた。