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九月第二金曜日と土曜日、早稲田にある『穴八幡宮』という神社で盆踊りが行われる。
東西線早稲田駅からすぐ、大きな鳥居をくぐり階段を上がった、周囲を木々に包まれた境内に櫓が組まれ、その上で太鼓が軽快に叩かれる。
この『穴八幡宮』は約九百年の歴史のある神社でそもそも蟲封じの祈祷で有名だったのだが今は『一陽来復』という御守りでとても有名だ。
この『一陽来復御守』は毎年十二月の冬至から翌年の二月の節分の日まで頒布されるのだが、これを祀る方法が非常に厳しい。
毎年決められた方位に、冬至、大晦日、節分の夜中十二時ジャストに貼り付けなければならない。
ようは三回しかチャンスが無く、その御守が落ちるか時間を間違えると効果は無くなる。
冬至の朝五時からの頒布には大行列となるこの御守は、金銀融通の御守、ようはお金が入るようになると言われていて、数時間並んで御守りを頒布して貰う人々が年々増えるほどに人気のある御守になっていた。
そんな神社のお祭りに行くのを楽しみにしていた世依が、子供のように頬を膨らませダイニングのテーブルに突っ伏している。
「ごめんって」
「良いよ、仕方ないし」
くぐもった声で顔を上げない世依に、オロオロとしながら隆智が謝罪する。
「じゃぁ一人で行く」
「駄目に決まってるだろ!」
「だって友達彼氏と行くか予定ありで誰も捕まらないんだもん!」
「いや女友達だけとかそもそも許可しないぞ」
「ケチー!」
顔を上げてべーと思い切り前にいる隆智に舌を出したが、その斜め後ろには今帰ってきた宏弥が立っていた。
玄関に入ってきた時から中で揉めている声がするとは思ったが、いつものじゃれ合いだろうと思ったら予想以上に世依が怒っている事に宏弥は内心驚いた。
「どうしたんですか?」
「あー、いや、いつも俺が連れてく近所の祭りがあるんだけど、仕事で行けなくなったって話したら世依が目一杯拗ねちゃって」
「お帰りなさい。何でも無いよ」
舌を出したことなど無かったように世依が宏弥に笑いかける。
弱り切った隆智と、宏弥が帰ってきた途端何も無いと拗ねた顔を隠してしまった世依。
こういう時に、まだ世依から自分は気を許して貰う対象では無いのだと宏弥は痛感する。
「そのお祭りはどこで行われるんですか」
「ほら、早稲田駅近くに大きな鳥居の神社あるだろ、あそこ」
「神社なんてありましたっけ」
「宏弥さんって興味の無い事には容赦ないほど興味無いよね」
呆れる隆智を見た後、顔を世依に向けた。
「それはいつ行われますか」
「今週末の金曜と土曜日」
「夜で良ければ僕が一緒に行きましょうか?」
シン、とダイニングキッチンが静まり返る。
隆智も世依も驚いた顔をして固まっていた。
そんな二人を交互に見て、そんなにもおかしな提案をしてしまったのだろうかと宏弥も内心困惑する。
「え、え、良いの?」
その沈黙を戸惑った顔で世依が破った。
「はい。世依さんは行きたいのでしょう?
隆智くんにはいつもお世話になっていますし、こういう時くらい力になれればと」
だが世依はそれを聞いて不服そうな顔になった。
「なに、隆ちゃんへのお礼のため?
私と一緒に行きたいからとかそういうのは無いの?」
スルッと世依は口を滑らせた。
もしかしたら私と一緒にお祭りに行きたいと思ってくれたのかと思いきや、隆智の手伝いとして、という台詞にカチンときてしまった。
しまったと思ったときにはもう遅い。
今度は思い切り目を見開いている隆智と、不思議そうな顔をしている宏弥。
どう誤魔化そうかと引きつった顔のまま世依は内心パニクっていた。