ふふ、と秘密のミッションを抱えて世依は口に手を当て笑ってしまった。
それを不思議に思った宏弥が、
「そんなに僕の発言はおかしかったですか」
違う違うと世依は楽しげに笑うが宏弥は理由がわからないもの世依が楽しそうならまぁ良いかと考えた自分にまた気付いて、宏弥も自然と口元が緩む。
「そういう世依さんは隆智くんとは戻らないんですか?」
わざと実家とも両親という用語も使わずに聞けば、すぐにその意味がわかった世依が優しいねぇと照れ隠しか本気で面白がっているかわからない顔で笑う。
「少しだけど行くよ。おじさんもおばさんも待ってるって電話とメール攻撃受けてる。
うちらがいなくなってもここは宏弥さんが好きに居て良いからね」
「助かります」
「いや、一人にさせるのなんか不安だな」
「これでも一人暮らしの経験はあるので世依さんよりは料理作れますよ」
その言葉に世依が口に入れようとしたチョコを思わずコロリとソファーに落とし思い切り宏弥に指を指した。
「裏切り者!!」
「裏切ってはいないですよ。
隆智くんの食事の方が美味しいのでお任せしているだけで」
「じゃぁ料理出来ないの私だけ?!」
「良いじゃ無いですか出来なくても。
隆智くんから世依さんには絶対にキッチンで何かを作らせたりするなと言われているので何故そうなったのか興味はあるのですが」
「ちょっと生卵をゆで卵にしようとしてレンジでチンしてみたとか、スパゲッティ茹でてたらもの凄く鍋からお湯が吹き上がって大量にパスタが出来たとかそんなもんだよ!」
「なるほど。世依さんはキッチン出禁になるのは無理も無いですね」
今はしないよ!と手をばたつかせて抗議している姿を見て、結局隆智が甘やかした事で何も出来ないのだろうとわかりつつも、彼女を甘やかしたい気持ちもわかる気がする。
しばらく世依が不満を一方的に宏弥にぶつけ、宏弥はうんうんと相づちを打つ。
段々意味の無い行為とわかったのか、喉渇いたと言ってキッチンに行ってしまった。
戻ってこないかと思いきや、マグカップを二つ持ってきて一つを宏弥に渡す。
それはピンク色の液体で湯気が立っている。
「これは?」
「ローズヒップティーだよ。ビタミンC一杯で女の子に人気のお茶。
飲んだこと無い?」
無いですね、と言って宏弥はそれを見た後マグカップを傾ける。
紅茶を飲むと宏弥の喉仏が動いて、この人はやはり男の人なんだなと当たり前の事を実感した気持ちになっていた。
少し飲んで宏弥の表情が真顔になっていることに世依は噴き出す。
きっと口に合わなかったのだろう。
「別に無理して飲まなくて良いよ」
「そういう訳では無いんです。
独りで住んでいたらこういう飲み物も知らなければ、誰かが煎れてくれた飲み物のありがたさというのを味わえなかったんだなと」
「ここに住んで正解だった?」
覗き込むように聞く世依に、宏弥はえぇと答えると、世依が満足そうな顔をした。
玄関でガチャリとドアが開く音がして、すぐさま世依が立ち上がり玄関に迎えに行く。
玄関からは隆智と世依の騒ぐ声が聞こえ、宏弥は不思議な味のピンク色を味わいながら、何故か今も闇夜姫がいるとするのなら彼女は幸せに過ごしているのだろうかと考えてしまっていた。