「何をしていた」
姫を送り宵闇師達が待機する部屋に入った途端、長くこの場所を任されまとめ役でもある五十歳半ばの塚本が詰め寄った。
詰め寄られたこの場所の新人である松井大輝は、うろたえたように謝罪を始める。
「申し訳ございません!
姫が、姫があまりにも麗しく、つい顔を上げて後ろ姿を眺めておりました」
「お前、今何を口走っているのかわかっているのか」
「わかっています!今後は二度とこのような事は致しません。
ですからこの任を今すぐ解くのはお許しください!」
塚本の前で松井は床に頭をつけ土下座をした。
冗談では無い、やっと姫の側に来ることが許されたのに一ヶ月もせずに任を解かれるなど耐えられない。
申し訳ございませんと再度繰り返す松井に、塚本は同じ仕事を任されている、片岡の後任になった岡田に顔を向けた。
「どう思う」
「確かにまだ二十五歳でこの任に着いて一ヶ月もしていないなら、『姫に酔う』のも無理ないかも知れないが」
岡田も片岡の後任でまだ数ヶ月だが年齢が塚本と同じくらい、そして宵闇師としてもキャリアがある分姫にそれなりの耐性があった。
『姫に酔う』というのは、滅多に闇夜姫に会ったことの無い宵闇師が姫の力に当てられて陶酔してしまう症状を指す。
特に若い男は危険なのだが、姫の身に危険が及ばないようにすることがここにいる者達の役目であり、だからこそ若くても『姫に酔わない』のが条件でもあった。
そうしなければ、闇夜姫として務めるための絶対条件、純潔が奪われかねない。
「最初は大丈夫だったのに酔いが段々酷くなったパターンか」
松井と同じ仕事を数年している先輩の岸がため息をつく。
最初から酔うのならば、危険故この任に選ばれたりはしない。
「俺は姫の側にいてより頑張ろうって方向にいけたが、松井、お前の目は完全に恋い焦がれている女性を見ている目だったぞ」
岸の指摘に松井の表情が青ざめる。
塚本も岡田も松井を見る目がその言葉を聞いてより鋭くなった。
駄目だ、これは不味い状況だ。
せっかくこの役目を賜ったが、下手をすると宵闇師という立場も剥奪されかねない。
それでは姫の側に二度と近づくことも、目にすることすら許されなくなる。
冷静になれ、考えろと自分に言い聞かせた松井は呼吸を整えて、再度土下座をしたまま、
「申し訳ございません。
皆様のご指摘を受け頭を冷やすためしばらく謹慎致します」
最初に指摘した塚本は、急に手のひらを返した松井の言葉を聞き眉間に皺を寄せた。
松井は若く優秀な宵闇師。
だからこそ経験を積ませるためにこの役目に抜擢された。
自分の引き際をわきまえているのも頭の良い証拠なのだろう。
他の二人に意見を聞こうと視線を向ければ、岡田は苦笑し、岸は肩をすくめた。
「わかった。とりあえずは守護代に報告する。
守護代の判断が降りるまで、松井、お前はこの役目から降りるように」
「かしこまりました」
顔を上げて神妙な顔で聞いていた松井は、塚本の言葉に素直に従い再度頭を下げた。
問題の松井と同じ若手である岸がいなくなり、塚本が部屋で大きなため息をつく。
宵闇師はそんなに人数がいるわけでは無い。
『姫に酔う』というのは、裏返せばそれだけ姫の力を受けやすく、力をより発揮しやすいということでもある。
貴重な戦力を減らしたくは無いというのは誰もが思う所だろう。
「厄介なことになった」
先ほどから何度もため息をつく真面目な性格の塚本に、楽観的な性格の岡田が笑った。
「俺たちが考えてもどうしようも無い。守護代に判断を仰ぐしか無いさ」
「姫と引き離したことで、余計に渇望するような事にならなきゃ良いんだが」
言ってみれば酒に酔う事で快感を覚えれば、酒を無理矢理断たせると反動が出て皆の見ていない場所で飲酒するようになり余計悪化することもある。
それを塚本は危惧していた。
「明日朝一番に報告しよう。まずは俺たちも睡眠を取らなくてはな」
考え込んでいる相棒の気持ちを軽くしようと、岡田は務めて明るい声で話しかけた。