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ジリジリジリジリと目覚ましの音が段々音量を上げていく。
古い造りのこの民家一階、ダイニングキッチンで食パンを頬張っていた娘がイラッとした顔で二階を睨む。

「いい加減起こしてくる」

「おい、行くな、男の部屋だぞ」

この家の主である井月隆智(いづきたかとも)が慌てて止める。
薄茶の髪に色素の薄い目、綺麗な顔と言われる隆智はカジュアルな服装の上にシンプルなデザインの青いエプロンを着けている。
この家の主でもあり基本料理担当で、ちなみに今日はふわふわスクランブルエッグがこの上なく上手く出来上がったと説明していたところだった。

「だってあの人朝方まで仕事してたんだよ」

「なんで知ってるんだ」

「てへ」

鎖骨より長いふわりと柔らかい焦げ茶色の髪の娘は、血のつながりは無いものの兄妹のように育ってきた隆智に舌を出し颯爽とキッチンを出て行った。

「世依(よい)!」

「隆ちゃん食後の紅茶よろしくー」

聞こえるのは階段を上る音と未だ鳴り止まない目覚まし時計。
隆智は大きなため息をついて、これから降りて来るであろうこの家の新参者と大切な妹のために準備をし始めた。


「起きて下さいー」

世依が何度もドアをノックしてもベルの音は止まらない。
もしや死んでいるのでは?!と焦ってきた世依は、緊急事態につき失敬!と大きな声をあげてドアを開けた。

そこには奥のベッドで毛布を頭から被り、まん丸になっている大きな物体。
床にはうるさくてはたき落としたであろう目覚まし時計が、真横になって転がっていた。

世依は呆れながら未だ鳴り続ける目覚まし時計を止め、分厚い本がいくつも広げたままの大きな机の近くにある窓に向かうとカーテンを全開にする。
部屋が一気に明るくなり、毛布の物体がもぞりと動いた。

「朝日奈さん!朝だよ!起きて!
講義一限でしょ?!」

世依が丸まった物体の側で大きな声を出すと、そこからようやく顔と手が出てきた。
ぼんやりしていた目が段々開いてきて、ゆっくりと上半身を起こす。

「花崎さん」

掠れた声で宏弥は長い前髪をかき上げて世依を見上げる。
高い鼻、長いまつげ、ごつごつとした大きな手に低い声が、世依の心臓にダイレクトに来た。
寝ぼけているだけで出せる色気、こんなの反則だろうと、色気から無縁な世依は拗ねたい気持ちになる。

『まぁこんな俳優みたいな顔をしてれば、むさ苦しいようにするしかないよねぇ』

世依が初めて宏弥に会ったとき、何故顔を隠すような長い髪に変な眼鏡をしているのだと疑問を持っていた。
だが一緒に暮らすようになってすぐ、風呂から上がってきた宏弥を見て世依は、

『漫画オチかい!!』

と手を突っ込みの構えで叫び、タオルで髪を拭きながら眼鏡無しで出てきた宏弥は、何ですかそれは、と質問を返した。

世依いわく、一見髪がぼさぼさで見栄えの悪い眼鏡男が眼鏡を外すと超イケメンというのは少女漫画で王道、あまりにもガチすぎてむしろ引いたとの説明を受けたが宏弥はその意味をあまり理解できなかった。

何故そんな格好なのか、もっと格好よくすれば良いのにという世依に、宏弥は学校にも説明した内容を話した。

宏弥は中学生の頃には既にモテていて、モデルにスカウトされ渋々出たこともある。
女子から告白など日常茶飯事だったが宏弥自身全く色恋に興味が無く、たまたま手助けした同級生女子にストーカーをされたり、自分の持っているタオルや文房具などがファンと称する女子達に盗まれる始末。
流石に教科書にラブレターを直に書き込まれたときは、いい加減にしろと叫びそうになった。

そこで単にこの顔が目立たなければ良いのではという結論に至り、大学で逆デビューした。
本人には無駄に高い背も猫背に、髪もぼさぼさにして伊達のダサい大きな眼鏡。
これをするようになって非常に過ごしやすくなってからは、もうこのままで良いと宏弥は思っている。

なので大学にその話をしてから眼鏡を外し髪をかき上げて顔を見せると、それを見た大学側は女子生徒と問題が起きることに危惧し、とりあえず不衛生で無ければと今回も渋々応じる事になった。

「ほら、起きて!隆ちゃんも朝ご飯用意しているのに」

「すみません」

漫画オチ事件を思い出しつつ再度うつらうつらしている宏弥に大きな声を出せば、再度閉じそうな目で返事をしている。

面倒になった世依は毛布の端を持つと思い切り引っ張った。
突然身ぐるみ剥がされたような宏弥が自分の身体を抱きしめ、

「花崎さん、追い剥ぎのような行為は」

「それ以上もたもたしてるとそのスウェット引っぺがす」

腕を組んで目を細め言い放った世依にこのままでは裸にされそうだと、すみませんと言いながら宏弥はベッドからようやく立ち上がった。

部屋を出て廊下を歩けば、宏弥は猫背だと180センチ無い隆智に近いが、背筋を伸ばせばぐんと高くなる。
180までもう少しだった隆智からすれば、180越えている宏弥は敵だ。

「宏弥さん、もっと早く寝ろよ」

「申し訳ありません」

宏弥が席に着くと手早く前に朝食が並べられ、良い香りのコーヒーとパンの香りに自然と腹が減ってくる。
一人暮らしの時は粉末のインスタントコーヒーばかりだったが、ここではちゃんと豆を挽いたコーヒーが出てきて香りも味も全く違うとしみじみ感じた。

「実に美味しいです、隆智くん」

「当然」

胸を張る隆智に宏弥も自然と目を細める。

隆智は23歳、大学在学中に起業して基本家で仕事をしている。
隆智の父親は蓮華学院女子大学の学長だ。
苗字が同じなために、隆智から言われて下の名前で宏弥は呼んでいる。

ダイニングを兼ねたキッチンには、四人で座っても余裕なほど大きなテーブルセット。
そこに隆智、世依、宏弥が顔を合わせて食事をしていた。

「この家にも慣れた?」

世依が紅茶を飲みながら横に座る宏弥に声をかける。

「花崎さんによる目覚ましと隆智くんの美味しい食事に感謝の日々です」

「いや、目覚ましは自分で止めてよ」

呆れて言う世依に、隆智も強く頷く。
そんな二人を見て自分がここに居ることにまだ不思議な感覚を宏弥は覚えていた。