大学は夏休みに入り、キャンパス内の並木道からは五月蠅いくらいに蝉の大合唱が鳴り響く。
空からは一切の影を消し去るほどの強い日差しが降り注ぎ、そして容赦ない蝉の声が重なる。
どちらもが、感じる暑さをより増加させていた。

ただでさえ肌に悪い季節もあってか学生達は大学に来ても出来るだけ建物内にいて、外にどうしても出ないとならないときには日傘を差している。
普通の大学ではあり得ない光景だろうが、それこそお嬢様女子大と言われるゆえんの一つだろう。

キャンパス内には図書館やパソコンなどの仕える情報室、学生達の勉強エリアなどが入った棟があり、宏弥は学長の案内でその棟の地下にいた。

ここは関係者以外立ち入り禁止エリアになる。
ここの部屋にたどり着く途中の廊下や、このドアのある場所の上には複数の防犯カメラ。
ドアの上には長細い電子キーがついていて、指紋認証と暗証番号の二重構えに宏弥は中に置いてある物がかなり貴重な物だというのが予想できた。

「既に朝日奈先生の指紋は登録済みです。では先ほどお教えしたように」

学長の指示で宏弥は先ほど教えられたとおり、指をセンサーに当てると上の液晶画面に暗証番号を入力するように指示が出て数字を入力する。
するとその液晶画面に『11:09 朝日奈宏弥』というのが表示され、ガチャリとカギの開く音がした。

「さぁ、中へ」

宏弥が隆士郎に促されドアノブに手をかけドアを開けると、中は真っ暗だが涼しい風が内側からながれてきた。
すぐに天井の電気が付き、横を見ると薄い肌色のスチール棚がずらりと並んでいる。

棚の壁面にはハンドルがついていて、それを回すと棚が移動するというタイプだ。
部屋の所々に湿度計が配置され、書物を保管するのに適した湿度と温度を保つためにこの部屋は管理されていた。

手を後ろに組み、隆士郎がその棚の前を歩く。

「棚を見てわかるとおり、適当に資料を置いたような状態なので棚のラベリングも特に書いていない。
購入してはその辺に置くを繰り返しているので、一応手前の棚に置いてあるものが買った時期だけは新しいはずなんだが」

「凄い量ですね。ここは他の先生方で確認されていないのですか?」

「もちろんあるとも。
だけれど論文などに使用するためにはこの乱雑な世に出ているかわからないような書物から探すよりも国会図書館に行く方が良いだろうからね。

向こうからこういうのは迷惑だという雰囲気を感じたので、そのうち誰にも声をかけることはしなくなったんだ」

なるほど、と宏弥は呟く。
学生への講義、自分の勉強に研究発表や執筆、資料を探すのは当然だが、何のとっかかりも無いところを探すほどの時間は無い。
もちろん宏弥のように川から砂金が出るかもわからない場所でずっと砂を攫うような事をしている者達もいるが。

「ここにおそらく君の求める物の欠片でもあればと思うんだが、その為には読んでみなければね、この大量の書物を」

隆士郎は楽しげに宏弥に言うと近くにある作業用の椅子に宏弥を勧め、二人で味気ないテーブルを挟んで目の前に並ぶ棚を見る。

宏弥はここで尋ねようと思っていたことがあった。
この場所に学長から案内されたのは大学に勤め出して約四ヶ月後。
おそらくその間色々と見られていたのだろう。

ようやくここに連れてこられた。
それは学長からすれば最初よりは内側に招いて良いと判断したのだと宏弥は考えた。
だからこそ今日尋ねたい。

「学長、お聞きしたいことがあるのですが」

緊張も無くいつも通りの声で尋ねられ、隆士郎は何かな、と聞き返す。

「林田教授より、学長は学長の祖父君に『闇夜姫』の話しを聞いたことがあると僕の卒論などを読んで思い出したと伺いました。
そのお話をお聞かせ願えませんでしょうか」

宏弥の目はただ真っ直ぐ隆士郎の目を見ている。
ここで聞き出す、という強い意志が伝わる目。

この青年は、闇夜姫の守護者達皆が言うように腹の内のわからない男だ。
だがもの凄い熱量の炎を心の内に秘めているのも隆士郎は知っている。
それで火傷をするのは一体誰なのだろうかと、その目を見ながら思った。