彩也乃は一見上品で非の打ち所の無いお嬢様だが、実際の性格はかなりの男勝りで腕っ節も強く面白いことが好きな人間だ。
鹿島もそういうタイプなので、二人で穏やかなティータイムをしながら平然と下ネタで微笑むという事をするため、隆智としては近づきたくない。
彩也乃が失礼しました、と軽く咳払いして守護代と姫の方を向く。
「私は姫の影として動いておりますし、大抵の相手には偽ることが出来ました。
ですが彼にはそれが通用しないと考えておいた方が宜しいかと。
守護代としても姫に完全にたどりつかれる前に、彼に私を『闇夜姫』として引き合わせたいのでは?」
腕を組んでいる守護代の表情は変わらない。
隆士郎も彩也乃が言ったことは考えていることではあった。
だからこそ一体あの男がどこまで勘づいているか確認したかったのに、これだけのメンバーでも掴みきれない。
未だ地下の書庫について彼に開放をしていないが、そろそろ時間的に許すべきだろう。
そこでより『闇夜姫』と『宵闇師』について知り、彼は動くはずだ。
影武者に会わせればそれなりに今の状況を開示せざるを得ない。
どこでそれを行うべきか隆士郎は考えあぐねていた。
隣でただ黙ったままの姫に軽く視線を向けた隆士郎は、
「姫、彼をどう思われますか?」
直接的な質問に、他の守護者は固唾を呑んで姫の答えを待つ。
姫は一度目を伏せた後、目を開け座っている守護者を見渡す。
「彼はまだ、自分を知ることも必要なのではと思います」
特に表情も無く言った言葉に、守護者達はわからないという顔をしたが、隆智だけが面倒そうな顔をして紅茶を飲んだ。
彩也乃達は帰り、今この会議室には守護代である隆士郎、守護者筆頭である息子の隆智、そして闇夜姫の三人だけ。
部屋の電気は最低限にしているので薄暗い。
窓の半分だけ上げたブラインドから外を覗くように姫は窓際に立っていた。
流石にこの時間にはキャンパスに人は誰もおらず、並んでいる外灯が寂しげに光っている。
「夏休みには少し戻ってくるだろう?母さんも寂しがっているし」
座ったままの隆士郎が、姫の少し後ろに立っている隆智に声をかける。
「まぁ少しは顔出すよ」
気のない返事に隆士郎は苦笑し、そしてそんな息子が全てに優先させる相手に、
「ところで本音を聞かせてくれないか」
と言うと、姫はゆっくり振り返り、座ったままの隆士郎に視線を向ける。
「朝日奈君を、世依としてはどう思っているんだい?」
『闇夜姫』と呼ばれるその娘、花崎世依はいたずらな笑顔を浮かべる。
先ほどまでの何もかも温かく包み込むような表情でただ皆の様子を聞いていた娘と同じとは思えないほどに、年相応、いやまだ高校生と間違いそうな幼い表情で隆士郎に答えた。
「面白い人だと思うよ。
出来れば私達の味方になって欲しいけどね」
「なるほど。そう思える人材か、世依から見ても。
同居させたのが吉と出るか凶と出るか」
「きっとそれは、私達次第じゃ無いかな」
隆士郎に世依は笑ってそう言った。
そんな様子を側で見ていた隆智はため息をつく。
「人畜無害そうに見えても相手はいい歳した男だぞ。
先日寝ぼけてた宏弥さんのスウェットを無理矢理脱がそうとしてたのを見たときには、血の気が引いたんだからな」
「ちょっと腹筋が見てみたかった」
あはは、と明るく笑う世依に、隆智は額に手を当てた。
そんな二人を見て、隆士郎は目を細める。
優しくお互いを思いやる自慢の子供達。
なのに自分たち宵闇師はまだ幼い二人に消えない傷を負わせ、その事により二人の絆はより強固になった。
きっと世依が望むなら、隆智はどんな事でも叶えようとするだろう。
そしてそんな隆智がわかっているから、世依は安心させるために隆智の側にいる。
『闇夜姫』の縛りが必要無くなったその時、二人はどうなるのだろうか。
隆士郎の願っていることはまた身勝手なものだ。
それを、あの朝日奈宏弥が壊しそうな気がしてならない。
それだけは阻止したいが。
「隆智、世依。二人は私達夫婦にとって大切な子供に違いないんだ。
寂しいから少しくらい実家に顔をだしてくれないか」
世依は隆智の側に行き、その腕に自分の腕を絡ませる。
「大丈夫。ちゃんと隆ちゃんと行くよ。おばさんによろしく伝えておいてね」
「あぁ伝えておくよ」
いつも通りお互い笑顔で子供達は会話をしている。
姫を守るための選択だったとは言え、おそらくそう遠くない将来状況は変化するのだろう。
まだ不確定な未来を考えても仕方が無い。
隆士郎は優しげな父親の顔で立ち上がり、大切な子供達に一緒に食事に行こうと声をかけた。