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七月、まだ大学は夏休みに入っていないが段々と学生の数が減ってきている。
日差しの照りつけた日中の暑さが夕方となった今も外には熱が籠もっているが、この会議室にはクーラーがしっかりと効いていて、そこに集まっていた男女数名が向き合うように椅子に座っていた。

ドアが開き、皆一斉に立ち上がると恭しく頭を下げる。
窓側一番奥に男が椅子を引いて娘を座らせ、男、蓮華学院女子大学学長の井月隆士郎はその横に座った。

「では定例会議を始めます」

皆椅子に座り、隆士郎の一番近くに座っていた娘が声をかける。

「現時点での宵闇師派遣状況、祓った際の報告などをまとめておりますので詳しくはお手元の資料をご覧下さい」

各自の前に置いてあるのは紙では無くタブレット。
そこに表や地図、報告書などが載っていた。
司会役の娘が話しながら、各々資料を見ていく。

「姫による満月、新月の祈祷が行われると、やはりその後は宵闇師達の能力が上がったことで効率的に祓えています。
先日は首相官邸に久しぶりに首相が住まわれるとのことで要請が来ましたが、姫の特別な祈祷により一切悪影響を及ぼす魔は全て祓い終えました」

「この表の五月のところですが、ここでは姫が行う月二回の祈祷以外に四回祈祷が行われました。
やはり月に六回は身体に大きな負担を強いて、姫は体調を崩されました。
以後基本二回、例外は二回までとしていますが、今後もこの回数を遵守して頂きたい」

守護者筆頭である隆智の言葉にほとんどの者が頷き、一部は答えを留保している。
そのメンバーを見て、

「今後大きな厄災を鎮める可能性が起きることを考えれば、姫には健やかでいて頂かなければいけないのではないか?
後は我々が動けば良いこと。それともこれ以上姫に負担を強いたいと言いたいのですか?」

「いや、まさか」

怒りを隠さない隆智に、隆士郎より年上の今年50歳となった男は焦ったように取り繕う。
その男を軽蔑のまなざしで隆智は見続け、男は誤魔化すように頬を引きつらせ笑顔を浮かべている。

「そういえば、ここに宵闇師を私的利益のために動かし、何度もその報酬を自分の懐に入れている方がいるとか」

司会をしていた娘がやんわりと宙を見ながら話し、そしてその視線を先ほどから引きつった笑みを浮かべる男、佐東に向けた。
佐東は表情を固まらせた後、ガタンと椅子を倒して立ち上がる。

「違う、違う!それは誤解だ!」

「宵闇師の私的利用は禁じられている。
我々が証拠も無く貴方に言うとでも?」

隆智が冷めた目でタブレットの画面を爪で叩く。
佐東がテーブルに置かれた自分のタブレットを見れば、先日有名企業の社長から宵闇師派遣の報酬をもらっている動画だった。

この現場にはもう一人関係者がいた。
その者が関係していなければ、このアングルでこれを撮影できるわけが無い。
佐東は横に座る長年の同僚を鬼のような目で見ると震える声で、

「お前、裏切ったのか」

「裏切った?裏切ったのは君だろう?
私は金を貰ったことも無ければ、単に今まで君の取り引きに同行していただけだよ」

「人脈を作りたいから同行させてくれって言ったのは」

「ちゃんと証拠は残したい主義でね」

飄々と言うその男、後藤の胸ぐらに佐東が掴みかかった。

奥に座る隆士郎が片手を上げると部屋の隅に控えていたスーツを着た男二人が、佐東を羽交い締めにして後藤から引き離す。

やれやれと自分のスーツを直す後藤を鬼の顔で睨んでいたが、ハッとして奥に顔を向ければ、姫が悲しげな表情を浮かべて自分を見ていた。
それがいきなり自分の心に大きなダメージを負わせる。

愛する、尊敬する、絶対的な母に知られたくなかった自分の悪事を知られ、悲しげな顔をさせてしまった事への罪の意識は、恐ろしいほど佐東に襲いかかった。

「ひ、姫」

縋るように掠れた声で佐東が羽交い締めされながら声を出す。
闇夜姫は佐東のその目から逃げることはせずに、ただ悲しげな目で見つめていた。

「あ、あぁ、あぁぁぁ!!」

闇夜姫の目に耐えきれなくなった佐東は泣き叫ぶように声を上げ、その場に崩れ落ちた。
姫の隣にいた隆士郎が、

「佐東、これにより宵闇師としての地位資格を剥奪、追放とする」

冷たく、そして強い声に、佐東は項垂れたまま泣き続けている。
隆士郎が男達に命令をして、男達は引きずるように佐東を部屋から出そうとするが佐東は抵抗する。
せめてドアが閉まる前に再度姫の姿を瞼に刻みつけようと顔を上げた。

だが自分のすぐ前に恋い焦がれた姫が立っていた。
佐東は突然のことに、涙を流し口を開けたまま驚き固まっている。
酷い泣き顔の佐東へ姫は目線を合わすように身体を曲げ、そっとその涙に濡れた頬に手を伸ばす。

「貴方が今まで尽くしてくれたこと、私はとても感謝しています。
それは皆も同じ事。だからこそ悲しかったのです。それをわかってください。
どうか、息災で」

優しく頬を撫でれば、佐東は子供のように泣きじゃくりながら、ごめんなさいと繰り返し部屋を連れ出された。

ドアが閉まり、姫の横に来た娘がハンカチを差し出す。
自分の濡れた手を見た姫は、ハンカチを差し出した娘に首を振った。

「良いのです。いずれ涙は乾きます」