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日曜日の朝、やけに静かな気がして宏弥は目を覚ます。
時計を見ると九時を過ぎている。
カーテンを閉めていても眩しくかんじるほど、五月最終週は夏に向かっているのだと感じさせた。

自室から出て一階に降りキッチンに行くと、隆智がアイス枕と経口補水液を持って出てくるところだった。

「どうしました?」

隆智はその質問に息を吐く。

「世依が寝込んでるんだ。
朝起きてこないから部屋に行ってみたら熱出してて。
悪いけど朝食とか自分でやってもらえる?
俺は世依の看病するから」

「もちろんです。
それに僕にも何かお手伝いすることは無いですか?」

隆智はしげしげと宏弥を見た後、

「じゃあ買い物に行ってもらえる?
経口補水液はドラッグストア、そしてゼリーとか食べやすいものはスーパーで。
この枕変えてからまた降りてくるからその時買い物メモ渡すよ」

わかりましたと宏弥は答え、隆智は急ぐように階段を上がって世依の部屋に入った。

昨夜一緒に食事をしているときには元気だった。
しかし既に体調を崩しているのに無理をしていたのだろうか。

キッチンのシンクにはこれから洗うであろう鍋や食器が置かれたまま。
まずはそれを洗うことにした。

洗い終えると隆智が降りてきて礼を言う。
そして隆智がメモを渡し、外で朝食食ってこいよ、と気遣った。

「いえ、何か買ってきますよ。
隆智くんは朝食食べましたか?」

「食べてないな。
世依にはおかゆでも食べさせるとして、俺にはおにぎりかサンドイッチでも買ってきてもらえると助かる」

「わかりました」

内容を聞いて、すぐさま食べられるようなものが良いのだろうと理解した。


早稲田近辺はコンビニが多く、宏弥は住んでいる家から少し歩いて地下鉄東西線早稲田駅の近くにあるスーパーに来ていた。
ここは今の家に同居が始まってすぐ隆智と世依に連れられて来て以来だ。
その時に買い物する場所や病院などを案内してくれた。

どうしても学生の街という側面が強いのか、学生の食事する場所が多い。
だから食べる場所には事欠かないが、住むとなるとこういう都心部は宏弥がいた埼玉にあるような大規模スーパーなどが一切無いのは慣れていた分不便さを感じる。
靴下一つを買いたくて新宿に行くのは妙な気分だ。

メモを見ながら必要な物を買い物カゴに入れつつ、世依が何を好きだったのかを思い出す。
甘い物には目がなかったようだが、洋菓子、和菓子どっちがより好きだったかわからない。
人を当然に観察するくせに、こうやって今必要な情報を持っていないのは人とまともに接していない結果だ。
だが彼女は自分をよく見ていて、好きな物を勧めたり眠そうなのを気付いて叱ってくる。

いつも彼女はニコニコして元気なイメージ。
この頃はより容赦なく朝自分の事を起こしてくれ、毎日のようにいい加減自分で起きろと説教されていた。
だけれど彼女は起こしに来てくれる、怒りながらも、呆れながらも。

それを楽しみにしている自分がいることもわかっている。
彼女が自分の部屋というテリトリーに入ってきてくれるのを望むように、朝起きるなら目覚まし時計なんかより彼女の心地よい声が良いと思う。

ずっと一人でいてその方が集中できるし落ち着くと自分では長年認識してきた。
まさか部屋の外で誰かの話す声や誰かが起こしてくれることがこんなにも心地良いものだなんて。

依存とは一概に悪い物では無い。むしろ依存せずに生きることなど無理だ。
人と一緒に暮らすのは自らの性格的に無理なのではと思っていたが、学長の狙いに乗るため思い切ってその条件を呑んだことが、宏弥からするとこの結果は計算外だ。

冷凍品売り場を通りながら、一つのアイスが目に入った。
そう、確か世依が少し前に美味しいと嬉しそうに食べていたカップのアイス。
なのに肝心の、どのフレーバーを選んでいたかは思い出せなかった。

『思い出せたのはこれくらいとは何とも情けないな』

宏弥は五種類全てのフレーバーを二つずつカゴに入れ、レジへと急いだ。