「お帰りなさい!」
ドアを開ける音に気付いた世依が玄関に走って来て笑顔で出迎えた。
それを見て宏弥は不思議とホッとした気になる。
おそらくこの家になれてきた証拠なのだろう。
「ただいま帰りました。これ、もらったのでおやつに食べて下さい」
宏弥から紙袋を受け取った世依が、すぐさま紙袋の名前と中を見て声を上げた。
中には上品な茶色の長方形の缶に品の良いリボンがかかっている。
「これ!『アトリエうかい』の『フールセック』じゃない!
売ってるお店も限られてるし速攻売り切れるめっちゃ可愛いクッキーの詰め合わせなんだよ!
何でこんな凄いのもらったの?!」
宏弥の後にくっつきながら、世依が喜々として言う。
彼女の声は何故か不思議と五月蠅く感じないなと思いながら、
「西園寺さんからもらったんです、迷惑をかけたと」
「え、そうなの?!
せっかくだからご飯くらい誘えば良かったじゃ無い」
「誘われたのでお断りしてきました」
平然と返した言葉に、世依がハァ?!と大きな声を出した。
「闇夜姫の可能性あるかもって思ってたんじゃ無いの?
それがなくてもあんな美人、食事誘われて普通断る?!
宏弥さんってその歳なのにもしや枯れてるの?!」
手をバタバタさせてお嬢様大学の学生とは思えない言葉を話す世依に、宏弥は嫌だと思うどころか気が付けば彼女の頭に手を置き、撫でていた。
「世依さん、いい加減着替えて良いですか」
ハッとしたように世依が周囲を見る。
宏弥の部屋に毎朝入っているので気にせず入ってきたが、既に宏弥はシャツのボタンを三つ外したところで止まっていた。
状況を把握した世依は顔を真っ赤にして、ごめんなさい!と叫んで部屋を逃げるように出て行った。
勢いよく閉まった自室のドアを見て、くくっと口元に手を当て笑う。
そして我に返り驚く。笑っている今の自分に。
少し前まで自分の前で恥ずかしそうに頬を染めていた彩也乃より、子供のように顔を赤くして逃げた世依の方が、宏弥にはとても好ましいものに思えた。
「妹がいたのならこういう気持ちになるのだろうか」
宏弥は何気なく呟いて、そしてその口は曲線を描いていた。