「あ、そうだ、朝日奈さん」
世依がデザートのリンゴをフォークに刺して宏弥に尋ねる。
「私も下の名前で呼んじゃ駄目?
もちろん学校では言わないけど、家の中だとここだけ苗字呼びでなんか嫌なんだよね」
子供っぽい顔で世依は言うと、恥ずかしいのか宏弥に視線を合わせようとしない。
宏弥は、彼女の育った環境を考えれば苗字で家の中で呼ばれるのは自分だけ除外されているような気持ちがして落ち着かないのかも知れないと納得した。
「もちろん構いませんよ。では世依さん、で」
「えー別に呼び捨てで良いよ、宏弥さんの方が遙かに年上だし」
「それだと隆智さんの呼びかけと同じで混乱するでしょう」
「声くらい聞き分けられるよ」
宏弥からすると先ほどから世依の横で殺気立っている隆智を刺激したくないのだが、嬉しそうな世依を前に宏弥としてはどの選択肢をとるべきか悩む。
「わかりました、その件はいずれ」
ケチ!と世依は宏弥にむくれているが、隆智がわかりやすいほどホッとしている姿を宏弥は当然に気が付いていた。
おそらく隆智は世依に妹という感情では無いものを持っているのだろう。
俗に言う『恋』というシロモノを。
だが宏弥にはおそらく隆智の抱いている『恋』という感情がいまいち理解できなかった。
仕組みとしては、知識としては知っていてもそれだけ。
その好奇心を満たすために女性と交際した経験はある。
だが宏弥の恋人は気付いてしまう。
自分は相手から研究対象としてしか見られていないのだと。
手を繋いでも、キスをしても、身体を重ねても、恋人が宏弥に求めていた本当のものに気づく事は出来なかった。
「ねー、宏弥さんて恋人いるの?」
「今はいませんね」
「って事は過去にはいたんだ」
口角を上げた宏弥に世依は大きな目をよりまん丸にした。
「へー驚き。
宏弥さんってそういうの興味無いかと思ってた。
あ。あれかな、性欲解消?
それとも、研究対象?」
世依!と驚いた顔で説教をする隆智を、世依は面倒そうにあしらっている。
だが宏弥は聞いてきた世依の目に一瞬釘付けになった。
意志の強い、全てを見透かすような目。
学長や自分のような相手の裏を読もうとする目では無い。
もしかしたらこの幼そうに見えて無邪気な彼女は、もっと奥深い何かを持っているのではと思う。
『何故だろうか。
きっと闇夜姫としてのイメージに合うのは西園寺綾乃、彼女だと思うのに、本当に求められる何かは世依さんの方が持っているように思えてしまう』
不思議に、知りたい、という気持ちが沸き出している。
ただ彼女の中にあるのは光だろうか。
むしろ闇に近くは無いだろうか。
いつものように兄弟のようにじゃれている隆智と世依を見ながら、宏弥は何食わぬ顔でお茶を飲んだ。