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「聞いたよ!お姫様抱っこ事件」
隆智による手作りハンバーグを食べながら、向かいに座る宏弥に明るく世依が声をかけた。
今日のハンバーグは和風ソースで、刻んだ大葉をジューシーなハンバーグと口に入れれば良い香りと肉汁が広がる。
「何だよそれ」
「隆ちゃんの知り合いの西園寺綾乃さんを、朝日奈さんがお姫様だっこして保健室に運んだんだよ。
それが起きたのが一限の講義だったのに、お昼には大学内に知れ渡ってたみたい。
友達なんて大興奮で話してたよ、根暗そうで体力無さそうなあの朝日奈先生がって」
元気に話す世依の話を聞いた隆智が、不審そうな顔で宏弥を見る。
宏弥は家にいるときは伊達眼鏡もしていないし、前髪もクリップで横に留めているので顔はしっかりと出ている。
視線に気付いた宏弥が、
「講義の途中からかなり辛そうだったので。
歩けそうなら彼女の友人達に付き添いを任せようかと思ったのですが、その場でふらついて倒れそうになったので仕方なく」
「西園寺さんなら思わずそういうことしたくなる気持ち、わかるよ」
「別に花崎さんや隆智くんだったとしてもそうしますよ。
隆智君はさすがに背中に背負う形でしか運べそうに無いですが」
世依の茶化しに真顔で返されて、世依は思わず言葉が出なかった。
隣でスープを飲んでいる隆智は、絶対に俺を背負うなよと宏弥に注意している。
「そういや西園寺さんと接してみて、闇夜姫かもしれないって思った?」
世依の不意の発言に隆智の目が鋭く宏弥に向けられる。それを宏弥はすぐに感じ取った。
それに気付かないふりをして淡々と話をする。
「わからないですよ。
宵闇師は闇夜姫との深い絆でお互いがわかるなどという事が書かれていた書物もありましたが、それが正しいのなら宵闇師では無い僕にはわかりません」
「宵闇師って何?講義でやってないよね?」
「出来れば今後少しくらい触れたいと思ってますが、闇夜姫を信仰する術者、とでも定義づければ良いでしょうか」
「宗教なの?」
「ある意味そうなのかもしれません。
闇夜姫という生贄を差し出している張本人達ですが」
無邪気に質問する世依にそれに答える宏弥。
それを黙って聞いていた隆智も、最後の言葉に思わず箸を強く握りしめた。
冗談では無い。
俺たちは彼女を生贄だなんて思ってはいない。
だが実際そうであることもわかっている。
子供の頃から縛って、恋を禁じ、夜遅くに力を使う祈りを捧げさせては消耗させる。
残酷なことを強いているとわかっているが、自分たちではどうにも出来ない。
出来るのはただ守って、姫のしたいことを出来るだけさせてあげること。
おそらく一番の願いは叶えてあげることは出来ないけれど。
「隆智くんはどう思いますか?」
急に話題を振られたが隆智は動揺すること無く、
「あのさ、二人が会話している単語、そもそも俺良くわかってないんだけど」
「あれ?そうだっけ?」
「父さんから宏弥さんが闇夜姫とかいう斎王に似たのを研究してる変わった人、というのは事前に聞いただけでそっちはさっぱりだ。そんな俺にどうしろと」
「すみません、授業や質問で花崎さんには話していたのでてっきり隆智くんにも全て通じている気持ちでいました」
「いや無理だから」
困ったように弁解する宏弥は、話ながらも隆智を観察している。
わかるわけ無いだろ、と世依に突っ込んでいるが、先ほどから違和感を抱いていた。
宏弥はこういう小さな違和感を抱けば正解だと思っている。
となるとやはり彼も闇夜姫を知っているのだろう。
知っている上で知らない振りをしている、おそらく父親である学長と同じく。
だが世依は違うだろうと宏弥は思っていた。
以前から闇夜姫に興味を持ったと質問に来る。
どうも本人曰く、おとぎ話のお姫様を新しく知ったようで面白いらしい。
確かに彼女の目はキラキラとしていて、知りたいという欲求が溢れているように思えた。