「って話題で持ちきりでって聞いてるの、世依ってば」

「ん?」

テラスで友人達三人とランチをしていた世依は友人の言葉に気の抜けた声を出した。

「だから朝日奈っちの話だよ」

「西園寺さんお姫様抱っこ事件でしょ」

「なんだちゃんと聞いてるじゃない」

呆れた友人に、はは、と軽い笑みを返す。

宏弥が講義を中止しわざわざ彩也乃をお姫様抱っこして保健室に運んだというのはあっという間に大学内に広がった。

元々目立つ彩也乃と、垢抜けない暗そうな新しい若手教員。
そのいかにもひ弱そうな宏弥が軽々彩也乃をお姫様抱っこしたというのは、女子学生達の何かをくすぐった。

「朝日奈っち、猫背だし顔良くわかんないし暗そうに見えるし運動とか一切して無さそうなのによく出来たよね。
そりゃ西園寺さんは細いから軽いだろうけど、お姫様抱っこって滅茶苦茶やるの大変で、それを歩きながらなんて凄いって」

「女子の憧れだよね、お姫様抱っこってさ。
でもなぁ、あの朝日奈先生じゃなぁ。
声は凄く良いんだけどなんか根暗そうで。これでイケメンだったら最高なのに。
タッパも何気に高そうじゃ無い、あの猫背伸ばせば」

友人二人が盛り上がっているのを、うん、そうだねぇと軽く世依は返す。

二人は知らないだろうけれど、あの人の顔は凶器なんだよ。
寝起き悪くて毎朝起こすのは私なんだよ、と彼の秘密を言ってしまいたい。

しかし知らなかった、そんな力のある男性だったなんて。
確かに手も腕も大きいなとは思っていた。
だけれど一緒に住んでいるのに知らないことを外から知らされたことが、何故か世依は面白くない。

「世依、全然食いつかないねこの話題」

「んー、どうせ綺麗な西園寺さんだから特別扱いしたんじゃないのとか思って」

拗ねたように言う世依を見て、友人二人が顔を見合わせる。

「なになに、世依ってば朝日奈っち狙い?」

「何でそうなるのよ」

「そうよねぇ、世依には隆智さんいるもんね」

「その話題飽きた」

もう恥ずかしがっちゃって!と友人達はきゃいきゃい盛り上がるのを、世依はため息をついてジュースを飲む。

隆智とは苗字が違うせいで昔からの友人達は、一緒に住んでいても実の兄弟では無い事とその事情を知っている。
そしてそんな隆智は子供の頃から優秀な上にあのルックス、井月家を継ぐ者として色々な物を背負っているのに、世依の大学卒業まではと側で面倒を見てくれていた。

彼女作って好きにクリスマスやお正月とかのイベントも過ごせば良いと伝えても、隆智の両親と世依の四人で必ず過ごしてくれる。
自分は彼らとは血が繋がっていない。
なのに最大限の愛情を注いでくれる。
文句を言うことなど何も無いけれど、世依の心の中にある小さくて深い穴は埋められていなかった。

「夏休みまでには彼氏作りたいな」

話題が既に変わっていることにようやく世依は気付き、ジュースを飲みきってズズッと音を立てる。
そんな世依を見て二人が呆れた顔をした。

「世依は相変わらずだね」

「理想が高いのもどうかと思うよ、隆智さんいるからそれで良いんだろうけど」

「だから違うって」

世依はこの歳にしては珍しく恋バナが苦手だ。
今まで彼氏がいたことが無く、いつも漫画やドラマで仕入れた知識のみで友人との話題を乗り切ってきたし、そんな恋愛をしてみたいと心から思っている。
そんなことを話す度、世依はまだお子様と友人達に笑われるので気が付けば苦手意識が出来ていた。

「お、噂の朝日奈っち!」

宏弥がキャンパスを小さなコンビニ袋を下げ、猫背で歩いている。
既に噂を知っている学生達が宏弥を見ているが、本人は気付いていないのかスタスタと教員棟に向かっていた。

『少し前まで誰も朝日奈さんのこと気にしてなかったくせに』

そう思った世依は、あれ、と思う。
何でそう思うのだろう、何だかまるでそれが面白くないと思っているかのようだ。

きっと家族のように過ごしているから何だか変な気分なのだろう、世依はそうだと納得しながらも、遠ざかっていく背中を眺めていた。