宏弥が彩也乃を平然と運ぶ姿に、彩也乃の友人達はただ驚いていた。
猫背、何だかひ弱そうだし根暗そうと思っていた教員が軽々学生を運んでいるのだ。
後ろで荷物を持って歩く友人は、思ったより先生って背中が大きい、とドキドキしてしまっている。

運良く隣の棟だった保健室に運ぶ。
学生が声をかけてドアを開ければ、仕事をしていた女性の保健師が宏弥達を見て驚き、椅子から立ち上がった。

「すみません、彼女を寝かせたいのですが」

「え、えぇ、こちらのベッドにお願いします」

保健師が足早に真っ白なベッドの並ぶ一つに行き掛け布団をめくって、そこに宏弥は静かに彩也乃を横たえた。
真っ白なシーツに艶やかな黒髪が広がる。
だが彩也乃の顔色は悪いまま。

彩也乃は小さく呼吸を繰り返しながら、

「先生、ご迷惑を」

「そんなことは気にしないでください。まずは身体を休めて。
先生、後はお任せして良いですか」

横にいる保健師に宏弥が言うと保健師は笑顔を向ける。

「もちろんです。
西園寺さんは時折体調を崩してしまうんですよ」

「あまり詳しいことを僕が聞いてしまうのも。では失礼します」

保健師が彩也乃の個人的な事情まで詳しく話しそうなのを止めるため宏弥はそう言うと頭を下げて、学生に返して貰ったジャケットを持ち保健室を後にした。

「今日も寝不足?」

宏弥から婉曲的に注意された保健師がばつの悪そうな表情で、ベッドに横たわる彩也乃に声をかける。

「本を朝方まで読んでしまって」

申し訳ありませんと血の気の無い顔で謝る彩也乃に保健師は、ゆっくり寝ていなさいねと言ってカーテンを閉めた。

彩也乃の仕切られたベッドの外では、友人達が小声ながらもはしゃぐ声が聞こえる。

「朝日奈先生、彩也乃さんの体調不良に気付いて講義終わりにしたんです」

「そしてまさかのお姫様抱っこに私興奮しちゃって」

「二人とも落ち着いてって、私も朝日奈先生とは初めて話したけれどイメージとは違ったわ。
初めて生で見ちゃった、お姫様抱っこだなんて」

はしゃぐ学生を窘めているようで同じ輪に保健師も一緒になって興奮しているのが伝わる。

彩也乃は横たわりながらもその会話はしっかり聞こえていた。

学長から聞かされていた『闇夜姫』を研究している唯一の若い学者。
興味があったもののなかなか個人的に話すことは無く、そろそろ質問に行って話してみようかと思っていた。

そんな矢先にこんな事が起きた。
そして初めてだ、こんな事を自分にしてくれた人は。
今までも体調を崩した事はあったが先生自ら付き添ってくれることなど無く、それも初めて男性に抱えられた。

心の中に何だか温かいものを感じて戸惑う。これは一体。
いや、そんなことはどうでも良い。きちんと報告をしなくては。

段々重くなる瞼に抗えず、彩也乃は眠りに落ちた。